Vol.87 2014.2.1

森を活かせば 地域と人が育つ
  「第4回 北海道の森づくり交流会」

 1月25日、全道で植樹と育樹を展開するとともに、森づくり団体などに支援の手をさしのべる「コープ札幌 未来(あした)の森づくり基金」が主催する「第4回 北海道の森づくり交流会」が開催された。ウッディーズからは6人の会員が参加した。

小さな村の 夢ふくらむ挑戦
  「森と暮らしをつなぐ西粟倉の挑戦」

 全道7箇所の会場をTV会議ネットワークで結んで進められた交流会での、「森と暮らしをつなぐ西粟倉の挑戦」と題する講演が参加者に大きな感銘を与えた。

 果敢な「挑戦」を試みるのは、岡山県の北東端にあって、鳥取・兵庫両県に接する西粟倉村。総人口1520人(2010年国勢調査)で、5年間の人口減少率は9.7%(県内2位)と過疎化が著しい。(厚労省の予測では、2040年には1000人に減少するという)

 そんな西粟村で、講師・牧大介氏その人と村の多士済々が一丸となって挑戦を開始する。大手資本のグローバル経済とは張り合わず小さく狭いことを逆手に取る、ローカルでニッチ(隙間)な産業の狼煙(狼煙)を上げた。

 多様性に富む自然環境が、「塵も積もれば山となる」利益をもたらし始めた。70名の雇用を創出し、林業関連の売り上げを約5億円伸ばし、いま、快進撃を続けている。

挑戦の土台となり柱となるのは「百年の森林事業」である。「50年前に子や孫を想って植えられた木を、今度は50年後の子や孫を想って、百年の森林に育て上げる」という思想と実践。村ぐるみの挑戦が続く。

 その志と営みに共感して全国各地から馳せ参じた若者たち、故郷の地に思いを深くして立ち上がる地元民、老いも若きも眩しいくらいに輝いている。その心意気に感じて、多くの若者たちが村に移住してきた。全国に400名を超える出資者が現れた。時空を超えて人を繋(つな)ぎ、その輪は着実に大きくなっている。営みは困難に満ちているが、そこには笑いが溢れている。

 牧さんのユーモラスな語り口に笑わされっぱなしだったが、気がつけば目頭を熱くしていた。

 

2014年度コープ未来の
森づくり基金 助成贈呈式

「コープ未来の森づくり基金」からウッディーズに助成

 ウッディーズは昨年度に引き続き、「コープ札幌 未来の森づくり基金少額助成」への申請が受理され助成を受けることになった。「少額」と銘打たれているが、ありがたく貴重な資金である。基金の趣旨を体して無駄なく有効に活用したい。活動の記録へ


 

林業の基本を学びたくて
  「林業担い手研修」に7名参加

 1月28日~31日、森林整備担い手支援センター主催の「林業担い手研修」が開催された。森林・林業の基礎知識やチェーンソーや刈り払い機の取り扱い技術を学ぶ、座学と現場実習の4日間にわたる講習会だ。ウッディーズ会員7名が受講した。

 これが受講2回目という会員もいて、なぜ2回も受講するのか、という問いに、

 「常に基本に立ち戻ることが大事だと思って…」(Kaさん)

 「現場ではあまり考えないでやりがちなので、我流に陥らないようにと…」(Ooさん)と、二人ながら基本技術の習得を重視する故の参加、と答えてくれた。

 研修参加者の中から、2名の女性がウッディーズに参加を希望してこられた。研修で学んだことを実践するための適当な場と考えてくれたのだろう。「向学心」に燃えた新しい会員の期待に背かないような活動を続けたい。活動の記録へ

 

ふりつむ雪は…

春の花と秋の月に冬の雪を加えて「雪月花」。雪は、日本の自然美の「三役」の一つとして扱われる。我々には雪の美しさを感受する美意識があるのだろう。

そして、三好達治の「雪」。

 太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。

 次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ。

ただの二行だが、雪は懐かしく暖かいものですらあるという、どこか郷愁めいた感覚を呼び覚ます。

でもなぁ~、と雪国の人間なら思うはずだ。

人の命を奪い、生活を蹂躙する禍々(まがまが)しさを措くとして、毎日の除雪である。‘明日は雪かきをしなくて済むように…’と願いながら、あるいは、‘相当積もりそうだなぁ…’と観念しつつ、床につく。翌朝、多くは‘これが北海道だ’と自らに言い聞かせて除雪具を手に取る。‘早く雪解けが来ないか…。雪は決して美しくなんかない’と恨めしく思う。

しかし、もう一度、‘でもなぁ~’である。

近くの公園にでも足を向ければ、この季節、裸木に咲く雪の花が青空に映える。それが、微かな風を受けて、一斉に舞い散り、「落花」する。‘やっぱり、雪は美しい’と思い直す。

自然に潜む危険と向き合う

(第2回)アウトドアにおける危険と必要な警戒(海外編)

 前回はクマの恐さについて取り上げました。そのクマも冬眠中、現在北海道は厳冬期。山仕事はオフシーズンということで海外での『アウトドア』から経験した必要な警戒事例を紹介させて頂きます。

①天気

Z共和国は前回のサッカーW杯が行われた南アフリカの2つ上に位置する国です。私が調査に赴いた頃は、平均寿命が33歳、HIV陽性率が33%という状況でしたが、現在は発展目覚ましいアフリカの国の一つです。吸血バエによってヒトや動物に致死的な病気を起こすトリパノソーマという病原体の調査に赴いた時のこと。山深い奥地では天気予報を知る術もなく、連日調査を行っておりました。調査が終わり撤退前日の夜、小雨が降り出したかと思うと豪雨となり一晩中降り続きました。明るくなると景色は一変、生活水として使っていた近くの小川は濁流と化し、道路は水没。橋も流され食料も無い中、川水だけで数日間足止めされました。無事帰還はできましたが、天候急変の恐ろしさは身に染みました。

②動物

その帰り道のことです。疲労困憊の一行が、ジャングルを抜けて草原に出た時、視界の横に大きな物体が視界に入りました。それはオスの象でした。大変感動したのもつかの間、すごい勢いで車めがけて突進してきました。道無き道をフルスピードで逃げ何とか難は逃れましたが、現地ではライオンよりも象ほうが恐れられ、死亡事故も珍しくないそうです。その他にもカバ、ワニ、毒蛇、毒蜘蛛、サソリにも注意が必要でした。

③食料

日本のように水道水が飲める国は極わずかです。食料についても衛生環境が整っていないため十分気をつけなければなりません。コレラや腸炎、赤痢等のひどい下痢症は完全に活動を停止してしまいます。このような病気の病原体は必ず口から入りますので、過剰な警戒はいりませんが、火を通す等の対策が必須です。

④病気

海外には日本に無い恐ろしい病気が沢山あります。その一部は虫さされによるものです。例えば蚊の吸血によって引き起こされるマラリアやデング熱はワクチンも無く防御法がありません。蚊に刺されないことが大切となります。私は最低限の常備薬を持参で調査に入りますが、海外、ましてや病院も無い山奥で病気になったり、怪我をするとこれほど心細いことはありません。携帯電話やGPSを持参することは緊急時の対策の一つです。

⑤治安

アフリカ近海での海賊がニュースになっていますが、山賊も出ます。クマも象も恐いですが、一番恐ろしいのはヒトです(詳細は割愛しますが、身を以てそう思います)。今回は海外編を紹介いたしましたが、次回は北海道編をお届けします。

(文・こんない さとる・北海道大学獣医学研究科准教授)

(「自然に潜む危険と向き合う」のバックナンバーは、「森林人コラム」で読めます)

ログハウスは終わらない

(第2回)— 木の家で暮してみると —


窓からの景色

 今年もすでに雪の壁が我が家を取り囲んでいます。外の景色も夏からはすっかり変わっていますが、ログハウスに住んでいると、季節の変化をいろいろなところで見つけたり、感じることが多くあります。

 昨年、初めての冬を過ごしたときに、ストーブの前の床板が収縮して隙間ができ、その隙間がだんだん大きくなり・・・やっぱり乾燥が大きい場所は仕方がないと思いつつも、「このまま隙間だらけの床で大丈夫だろうか?」と少し不安になりました。さらに、大工さんに作ってもらったキッチンカウンターにも隙間ができたため、すぐに大工さんに連絡してパテで埋めてもらったのです。ところが、夏になると、いつの間にか床板は元に戻り、キッチンカウンターもパテが浮き出るくらいに木が伸びて元に戻ったのでした。今はというと、また、床板は隙間があちこちに・・・そして、キッチンカウンターの隙間も当然現れました。「これが木が生きている」という感覚だと、今ではびっくりしなくなり、壁の板が反ったりすることは当たり前という感じです。

 また、昨年は春からたくさんの虫たちの訪問を受けました。それも、半端じゃないくらいの大勢でやってきました。春先5月ころから庭先に蟻の行列が多数発生、その蟻が少しおとなしくなると、次は毛虫の大発生。そして、それがやや落ち着いた頃にはヤスデが家の中に入ってきて、気をつけていないとうっかり踏み潰してしまうことが結構ありました。それが終わった秋口にはカマドウマ、初冬にはカメムシと「キアシブトコバチ」という小さな可愛いらしいハチ・・・・という風に季節ごとに主役が交代していったのです。おかげで虫の名前も覚えることができましたし、今では、たまにカメムシを見つけても、放っておく気持ちの余裕もできました。

 虫は嫌いな人も多いとは思いますが、家では野鳥観察もできます。朝食を食べながら、居間の窓からアカゲラ、シジュウカラ、ヤマガラなどをよく見ます。そして、たまにエゾリスやキタキツネも遊びに来てくれます。

  さて、話は前後して、前回のお話の続きです。美深町暮らしの9年間に知り合ったログハウスの先輩方の影響も受け、札幌に越してきて1年目にログハウスを建てることを決めました。ログメーカーはセルフビルドも応援してくれるという会社にお願いし、「自分でできるところ」ということで、外壁の塗装をさせてもらうことにしたのですが、これが後々、大変なことになるとは初めは思っていませんでした。(続く)

(文・ありさだ しんいち・会員)

(「ログハウスは終わらない」のバックナンバーは、「森林人コラム」で読めます)

人と木のひととき

(第4回)表示問題について考える

北海道を代表する樹種・トドマツ
実はトドマツは“マツ属”ではなく“モミ属”である。ちなみにエゾマツは“トウヒ属”、カラマツは“カラマツ属”であり、純粋な“マツ属”の木は道内に自生していない。

 昨年、有名ホテルレストランでの食品の『誤表示問題』(というのは企業側の主張であって、どう考えても『偽装表示』なのだが…)が話題となったが、木材業界においては、悪意の有無はともかくとして木材樹種等の『誤表示』は日常茶飯事であり、そもそも木材の“なまえ”自体がややこしい慣習の上に成り立っている。

 例えば、古くから知られる輸入材のひとつである“ベイマツ”を挙げよう。この“ベイマツ”という呼び方はもちろん日本国内でしか通用せず、現地ではダグラスファー(Douglas-fir)と呼ばれている。Firとは英語でモミの意であるから、これを強引に和訳するとダグラスモミということになるのだが、このダグラスファー、実はパイン(マツ属(Pinus)の英名)でもファー(モミ属(Abies)の英名)でもなく、分類学的にはトガサワラ属(Pseudotsuga)であり、そもそも英名自体も適正とは言い難い。和名を与えるときに、“セイヨウトガサワラ”とでも呼べばまだよかったのだが、日本に輸入された時になんとなくマツっぽくみえたのか、“ベイマツ”という呼び名がすっかり定着してしまった。ちなみに、この後に米大陸からやってきた本当の「マツ属」の木材はそのまま“パイン”と訳され、それがそのまま流通名になっている。マッタク、ワケガワカラナイ。

 また、針葉樹材においては、物理的特性や材色の似通った複数の樹種をひとまとめにして呼称することが多い。例えば、北海道産のエゾマツとトドマツは“エゾトド”という流通名(市場名)で出回っているし、輸入材ではヘムファー(Hem−Fir、ツガ(ツガ属(Tsuga)の英名)とファーの総称)、SPF(スプルース(トウヒ属(Picea)の英名)、パイン、ファーの総称)、ホワイトウッド(欧州産スプルースのことだが、ファーが混在する場合もある)といった流通名が広く用いられている。このように“樹種群”を単一名称で扱うことは流通面で合理的であるが、物理的性質こそ似ていても耐朽性や薬剤浸透性の差が大きい樹種も含まれているため、問題となることがある。

 なお、特に広葉樹材については、複数の“それっぽい”流通名があることが多い。代表的なものを挙げると、“ハルニレ”などは古くより重宝されている“アオダモ”にあやかって“アカダモ”として売られることがあり、外材では比較的廉価な“タイガーウッド”が“アフリカンウォルナット”と呼ばれて流通していることがある。もっとも、古くより世界各国で流通している南洋材などでは、世界各地域で各々現地名があり、そのうち“聞こえのよいもの”を選択して流通名とされることが多い。特に高価な木材の場合は、用途や売先によって木材の“なまえ”はいくらでも変化するのである。それでも、こうした『“なまえ”イジり』はまだマトモなもので、“なまえ”欲しさに材料そのものまでイジる、例えば“セン”にオレンジ色の染料をかけて“ケヤキ”として売ったという話も業界内で聞いたことがある。

 以上のように、木材には「和名」「英名」「流通名(市場名)」、そして学術論文に使う「学名」があり、また流通名については複数の呼称が存在することも全く珍しくない。

 複雑かつ不適当な呼称のオンパレードによる木材の『表示問題』は端的な例であるが、木材業界にはあえて物事を複雑化させて、その独自性の保護によって産業をやっこら維持させてきたフシがある。しかし、それはおおよそ一般消費者に目を向けたものではない。

 林業・林産業の成長には、産業がより人々の生活に歩み寄る必要があると思う。僕は、先に報道された『誤表示問題』は、この業界も“歩み寄る努力”をそろそろ始めなくてはならない、という示唆だと解釈することにした。

(いしはら わたる ウッディーズ会員)

(「人と木のひととき」のバックナンバーは、「森林人コラム」で読めます)

 

林間独語

▼読みかけの本から目を上げると、雪が止んでいた。小屋の戸を開けて外へ出てみると冬の陽光が雪面に裸木の影を映している。小鳥のさえずり。吹き渡る風。枯れ枝に咲いた雪の花の、舞い落ちていく煌めき。静寂が際立つ。どこか、いま措いたばかりの本に描かれていた北海道の自然の、厳しいながら美しい風景につながる。

▼親しい友に紹介された『私の中の原風景』(北海道新聞社)という、四半世紀以上も前に刊行されたその本には、北海道ゆかりの名だたる人士101人がそれぞれの「原風景」を描いている。その巻頭を飾るのが我が荒巻義雄さん(荒巻山林山主・SF作家)というのも嬉しい。

▼北海道の開拓期や戦後の風景、往時はどこにもあった原っぱでの遊びの情景、自らも住み、働き、通り過ぎた町や村の佇まいなど、古い映画のシーンを見るかのようだ。

▼幼い日々がよみがえる。勉強などした覚えはないが、近くの山でブドウやコクワや野イチゴをつまんで食べ、ブドウ蔓にしがみついて宙を舞いターザンもどきを演じたことなどがハッキリ目に浮かぶ。薪切り薪割りもやったなぁ。アレ、今も何やら同じことをしているような。

▼現状を把握できずもっぱら「原風景」を想起するのみ…ということであればチョット怖いが、折に触れて懐かしい風景に舞い戻り、父母の温もりや幼い友に抱いた甘酸っぱい思いなどにひたってみる。それは老い?の日々に興趣を添える…と言えるだろうか。会員諸氏の心に浮かぶ風景は如何か。ちょっと覗いてみたい気がする。

 

 

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