Vol.41 2008.4.1

ウッディーズのホームページ 「札幌広域組合賞」を受賞

授賞式

 ウッディーズのホームページが、札幌広域圏組合の「札幌広域組合賞」を受賞した。同組合(近郊8市町村で構成)は、地域のボランティア、市民活動グループ、NPOなどを対象とするホームページの開設・運営の支援サービス(通称「コミュサポ」)を活動の一環としており、ウッディーズは昨年夏以来、その支援を受けている。

 3月22日に開催された「コミュサポまちづくり支援事業発表交流会」で、多くの加盟団体の中から 、ウッディーズを含め8団体がそれぞれの活動とホームページについてプレゼンを行った。その結果、ウッディーズが同賞を受賞することになり、トロフィーなどを授与された。 受賞理由は「長年にわたって続けているユニークな活動が、あますところなく掲載されている」というものである。
 当日は、ホームページ運営メンバーの田中芳明さん、北山浄子さん、渡井恭子さん他がプレゼンなどのため出席した。
  翌3月23日の北海道新聞朝刊「札幌圏」に受賞の記事が掲載された。

「活動が評価され…」 運営メンバー・渡井恭子さん

 パソコンに詳しくない私がHPづくりに関わっていいのかなと思いながらも興味に引かれてチームに加わりました。何度も集まり話し合いを繰り返しながら、みんなが一番大事に考えたことは、活字をなるべく少なく写真をメインにということ。多くのデータの中から掲載事項を選ぶのに大変時間がかかりましたが、校正等に関しての協力もあり開設に漕ぎつけました。

 受賞の基準がどこにあるのか考えてみましたが、活動内容が認められたのかなと思います。何はともあれ、大勢の人にウッディーズの活動を紹介できて良かったと喜んでいます。
 これからは活動の都度、参加した会員に記録してもらいHPに掲載するなど、いろいろな形でみんなが関わって作っていけたらと思っています。

残雪の森林で間伐作業 ‐2008年 エンジン始動

あらゆる方向に枝を張って頑張る
難敵ニセアカシア

 ここ数年、ウッディーズの活動「春一番」は、高川山林・ワオーの森(小樽市桂岡)が恒例になっている。

 本年も、3月15日及び30日、それぞれ10数名の会員が除伐作業に参加した。今年は早い雪融けのため残雪が少なく従来より行動が容易だったが、雪の下に空いている凹みにはまるなど、別の難儀さもあった。

 傾斜したり折れたりして複雑に絡みあっている木々が除かれ、放置されていた18号台風の傷跡が着実に修復されていく。

 手足の不調で、この半年ほとんど山の手入れができないでいる山林の主が感謝の思いを口にすると、「木に向き合えることが楽しいんだから…、礼には及ばぬ」と言われる。幸せな関係を絵に描いたよう。

 ここから思いが飛躍した―持ち山を手余ししている山林所有者は多いだろう。その人たちに接触し森づくりを共に楽しめたら、それは今日的林業ボランティア活動の理想型では…と。

命を引き継ぐ 木や虫たちの智恵

2. 春植物

カタクリ

 早春の大地に彩りを演出するフクジュソウ・エゾエンゴサク・カタクリ等を春植物といいます。これらの植物は、陽光降り注ぐ落葉広葉樹の林床でわずか3ケ月間のうちに、発芽・開花・結実を終え、翌年まで眠ってしまいます。英語では、「はかない、短命の、ただ1日限り」を意味するスプリングエフェメラル(Spring ephemeral)という名称を与えています。

 春植物は、長い進化の歴史の結果、陽光降り注ぐ春の落葉広葉樹の林床に合わせた生活史を身につけたといえます。はかないというより、他の植物と住み分け、共生の道を選んだ生き方をしているというのがぴったりするでしょう。

フクジュソウ

 フクジュソウの花弁は光沢を帯び、凹面鏡のような形で光を集め温度を高め、虫を誘い受粉の機会を多くしています。  自分の花粉で受粉しないエゾエンゴサクは虫の助けが必要です。早春の寒い時期に開花したものは2週間も花を咲かせますが、気温が上がり、虫が活発な春真っ盛りに開花したものは長くは咲いていないそうです。

 カタクリは、種子散布にアリの助けを借りるそうです。種子には、アリの好物のエライオソームというものが付いているそうです。アリは、それを食べるのを目当てに種子の運搬役をしているようです。

 早春の気候の厳しさの中を生き抜く巧みな仕組みに感心させられます。

木を友に

Vol.12 【ハンノキ】

ハンノキ

公園樹としてのハンノキ

名ヤチハンノキともいう。漢字で書けば「榛の木」である。ミヤマハンノキ、ケヤマハンノキ、ウスゲヒロハハンノキ等同属種が多い。ヤチハンノキはその名の通りミズバショウや葦が生えているような湿地によく見られる。高さ20mに達する。一方ミヤマハンノキは亜高山や高山に生えている。カバノキ科に属しシラカンバ、ダケカンバの親類筋。

供の頃切ったり割ったりした薪の中にもよく混じっていた。材質は軟らかくカバ色、火持ちが悪いので、薪としては下等材である。そのせいか、役立たずの人間をののしるときに「えい、このハンノキ野郎」と怒鳴っていたのを良く聞いた。ところが、軟らかくて乾燥してもそらないという点が買われて、えんぴつの材料や、漆塗りの下地材に使われたというから、それ程バカにしたものではないようだ。この木を切ると樹皮から赤っぽい水が出るので、アイヌはこれを血と考えて補血強壮剤として服用した。因みにハンノキのアイヌ名はケネ(血の木)である。剣淵(けんぶち)、計根別(けねべつ)という地名は、これに由来する。
真夏のウオーキング路上で、沢山の葉を落としている木があった。

く見るとハンノキで、害虫が寄生している様子もなかった。後にラジオで、この木は真夏になると葉の半分を落としてしまう性質があると聞いて納得した。多分真夏になると葉からの水分蒸散が多くなるので、蒸散量を抑えて水分不足にならぬよう葉を落とすものと思われる。他の木でも同じ条件の筈だが他の木で同じような落葉の例を聞いていない。

ハンノキの枝先

枝先の雄花

ンノキの一族は根に根瘤菌を持っている。大豆と同じように窒素肥料を与えなくとも根瘤菌に助けられ自ら空中の窒素を固定して肥料とする。この性質は痩せ地の緑化に活用されている。ダムサイトのように広く表土が失われ、他の樹種ではとうてい生育しないような痩せた土地に、ハンノキ属を植えて緑化に成功した例がある。本州では、同属のヤシャブシ、ヒメヤシャブシが古くから緑化に使われハゲシバリ(禿縛り=禿げた土地でも木の根で縛るという意味か?)ツチシバリ(土縛り)という異名を戴いている。
ハンノキの花の開花は非常に早い。前年の秋から花の準備をして、ネコヤナギより早く花を咲かせる。房状の雄花を枝一杯にぶら下げるので、春先は遠くからでもハンノキだと識別できる。秋になると10㎜ほどの松ぽっくり状の実が熟する。これとそっくりの実を付ける同属のヤシャブシの実は「ヤシャ玉」と呼ばれ木彫作品の染色に使われる。濃い焦げ茶色、あるいはチョコレート色に染まる。ハンノキの実も使えないか試しに水の中に実を入れておいたら、少し薄目の茶色の溶液が得られた。

【参考図書】
・佐藤孝夫「新版北海道樹木図鑑」(亜璃西社 2002)
・辻井達一「日本の樹木」(中公新書 1995)
・朝日新聞社編「北方植物園」(朝日新聞社 1968)
・坂本直行「私の草木漫筆」(茗渓堂 2000)

山中林思

Vol.2 宮沢賢治 『春と修羅』

森や林はもちろんのこと、田畑を歩き回って創作を続けた文学者に宮沢賢治がいる。詩人であり著名な童話作家でもあるこの天才の全容は、いまだ十分に解明されてはいない。
 森や林で彼は森羅万象に語りかけ、動植物は無論のこと鉱物からも話を聞いた。見るもの聞くものから心に浮かぶすべてが描写の対象であった。
 「途すがら語りつつ詩作しているのが彼の常態である。左手に持った手帳には、歩きながらしばしば鉛筆で書き記す。興が乗ってくれば路傍に腰を降ろして懸命に書き付ける」といったふうであった。 草野心平編著『賢治のうた』(現代教養文庫)

 賢治には『虔十公園林』という童話もあるが、今回は彼の詩から森への思いが伝わるものを見てみよう。

松の針 (22・11・27)

 さっきのみぞれをとってきた
 あのきれいな松のえだだよ
おお おまへはまるでとびつくやうに
そのみどりの葉にあつい頬をあてる
そんな植物性の青い針の中に
はげしく頬を刺させることは
むさぼるやうにさへすることは
どんなにみんなをおどろかすことかそんなにまでおまへは林へ行きたかったのだ
おまへがあんなに熱に燃され
あせやいたみでもだえてゐるとき
わたくしは日のてるところでたのしくはたらいたり
ほかのひとのことを考へながらぶらぶら森をあるいてゐた
 (( ああいい さっぱりした
  まるで林のながさ来たよだ )) 鳥のやうに栗鼠のやうに
おまへは林をしたってゐた
どんなにわたくしがうらやましかったらう
ああけふのうちにとほくへさらうとするいもうとよ
ほんたうにおまへはたったひとりでいけるのか
わたくしにいっしょに行けとたのんでくれ
泣いてわたくしにさう言ってくれ
おまへの頬の けれども
  なんといふけふのうつくしさよ
  わたくしは緑のかやのうへにも
  この新鮮な松のえだをおかう
  いまに雫もおちるだらうし

  そら
  さわやかな
  turpentineの匂もするだらう


『春と修羅』第一集「校本宮沢賢治全集」第2巻  筑摩書房
* turpentine=まつやに

 この作品は、賢治の妹トシの臨終に際し「永訣の朝」「無声慟哭」と共に創られた。トシはこの時25歳、賢治文学の良き理解者であり「信仰を一つにするたった一人のみちづれ」でもあった。トシはまたこのように言っている。


「おらあど死んでもいいはんて
 あの林の中さ行くだい
 うごいで熱は高ぐなっても
 あの林の中でだらほんとに死んで もいいはんて」 


『ユリイカ』1970年 vol2‐8
「宮澤トシ その生涯と書簡」青土社

 最愛の肉親との別離の悲しみ、多くは言うまい。信念を自らの行動でもってのみ現出しようと、賢治は短い生涯を貫いた。この実践的なかつ行動的な姿勢は、彼の法華経への帰依と共に顕著である。体を動かし自らに刻みつける思考法は、弱きものへの慈顔のまなざしと共に、森を自然を愛する我等もまた学ぶべきではないかと思う。

余録

★前号から予告なしに掲載を始めた新企画を含め、毎号シリーズもの3本の寄稿者を得て充実の執筆陣です。12篇目を迎えた中野さんの「木を友に」は、それぞれの木の物語とともに、貧しくて暖かい卓袱台を囲んだころの記憶も甦らせてくれて懐かしい。

今、四国八十八箇所をお遍路中の春日さんによる「命を引き継ぐ 木や虫たちの智恵」は、生きとし生けるものの神秘と尊さに気づかせてくれそうです。東前さんは、宮沢賢治の詩「林中乱思」のもじりだという「山中林思」によって、近・現代の日本人が如何に森を意識し森に入ったのか、そして、今、森に佇んで考えることは何かを文学作品を通じて考えさせてくれるようです。(高川)

 

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