Vol.63 2010.4.1

― 「苫東環境コモンズ」 支援 ―
  冬・春の風倒木処理作業終了

 札幌ウッディーズが「苫東ウッディーズ」と共同で整備に当たる苫東・大島山林。そこでの作業は、 思いを同じくするもの同士だからこその心地良さに溢れる。
 冬・春季の作業は終了し、秋に再開する。

 

3月13日 大島山林  参加10名

苫東一(?)の大木 - 大島山林のドロノキ
幹周り3mくらい、樹高は20mに達するだろうか。あたりを睥睨(へいげい)する、という威圧感を与えるでもなく、直ぐ下にある池と四阿(あずまや)としっくり溶け合って立っている。

 「全道的に大荒れ」の予報だったが、ここ苫東は至って穏やか。「良い天気でヨカッタね」という挨拶が交わされる。
 しかし、林内に足を踏み入れると、上空には強風が走っているらしく、梢を吹き鳴らすゴーゴーという風音がする。
 そして、森のあちこちから堰を切ったようにチェーンソーのエンジン音が響きだす。自然と人工の豪快な共鳴 ‐ 森が躍動する…
 雪面に落ちる木々の影が濃さを増し、日差しの強まりを感じさせる。南斜面はもう地肌をさらし、紛れもない春の到来を告げる。

3月20日 大島山林  参加15名
  作業前の打ち合わせ中、上空をマガンとコハクチョウが列をなして飛んでいく! 上空はウトナイ湖と宮島沼(美唄市)を結ぶ 「フライウエイ」だ。作業中にも幾度か優美な飛行を目にする。
 雪融け後、景観の「劇的」な変化を見せたいと手に力が入るが、終了を促すように雨が強くなり午後3時前、チェーンソーを止める。
 今季は、4回にわたり延べ47人の会員が参加したほか、会員の安部さんが単独で30数回通った。苫東ウッディーズとの共同作業面積は 約4ヘクタールに及んだ。

春の足音が聞こえていたのに…
処理すると…

忘れ物をしたように、冬が戻ってきた

3月28日 高川山林  参加20名
 眼下に石狩湾を望んで眺望はイイ。しかし、急傾斜とと腐った雪で身動きもままならず、膝上や腰まで落ち込むような箇所もある。おまけに、広葉樹主体のここは木々が複雑に枝を絡め合う。
 身動きが難しい状況で、技術も要求される。
 今日の作業は除・間伐。薪の原料を得ることと、見通しの良い森へ修景を図ることが目的だ。
 伐倒木は枝を払い、運搬可能な長さに玉切る。玉切りせずに長いまま引きずり下ろすという手もある。
 さすがに、午後になると、メンバーの顔に疲労の色が浮かんでくるが、それでも間伐作業は順調に捗る。技術向上の然らしむところだろう。
 秋には薪切り・薪割りの支援活動が予定されている。


今、甦る お祖父さんの手ノコ

やったよ~、祖父ちゃん!

 Mさんが、「これを倒したい」と言って、直径30㎝もあるような枯れ木の根元に腰を下ろした。取り出したのは、今では見掛けない形の手ノコである。
 聞けば、長い年月、錆びたまま放っておいたそのノコを自分で目立てをしアサリまでつけたという。オー、素人がやったにしては、何だか切れそう。
 でも、枯れ木は生木と違って固いんだけど、こんな太い木をホントにやるのかなぁ。
 彼は、ためらわず切り始めた。やはり悪戦苦闘だったが、精根尽き果てるころ、興味津々の応援団が見守る中、さしもの難物も音を立てて倒れた。
 「手製の武器」による苦戦の末の勝利、勝ち鬨(どき)を上げたかった気持、よく分かる。
 その手ノコを使っていたのは、お祖父さんだと聞き、「大きな古時計」を連想してちょっとジワーッと来た。
(3月20日 大島山林)



樹皮

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森の時間


【樹皮】
樹木が織りなすテクチュア
      

写真:沓間洋子
撮影地:伊達市大滝区丸山洞窟付近


北極圏への旅

第3回
ヴァイキングの根拠地

 絶景を満喫した3時間の航海が終わろうとしていた。午後6時をすぎていたが、9月の初めの北極圏は明るい。
 前方に防波堤のような大きな岩礁が横たわっていたので、目的地が近づいたとは気付かなかった。ヴァイキングにしてみれば、絶好の隠れ家である。高速フェリーは速度を落とし、岩礁の端を回り込んだ。静かな海面の向こうに家並みと倉庫が見えてきた。
 ようやくスヴォルヴェルに着く。間近に迫る岩山、広くはない平地に町がある。私には忍路や積丹の漁村のように思えた。
 桟橋に迎えに出ていたのは日本人の女性だった。荷物を車で運んでもらい、ホテルまで歩く。会話がなめらかになるまで、彼女の日本語はしばらくかかった。私たちが半年ぶりで会う同胞だったのである。半径500キロメートル以内に住んでいる日本人が彼女一人と教えられ、大和撫子は凄いと思った。まさに、スヴォルヴェルは世界の果ての町の一つなのだから。
 ノルウェー人のご主人は、自宅でコンピュータ関係の仕事をしているらしい。やりとりが電波だがら、どこに住んでいようと関係ないのだ。ユビキタス社会だからこそ可能なライフスタイルである。
 夕食前に、発掘中のヴァイキングの遺跡をみせてもらった。ゲャキシグスというらしいが、耕地はほとんどなく、100人ぐらいの村落だったようだ。彼らは小柄な馬を飼い、遠征にも連れて行ったが、魚が餌。肉食の馬がいたわけである。
 小さな入江がある。ここから、彼らは船出した。少し行けばノルウェー海である。荒海を越えて西へ進めばアイスランドだ。さらに西へ航海してグリーンランドにも、一説では北米大陸にも到達していたという。
 ヴァイキングが正式に世界史に登場するのは西暦793年である。このとき、彼らはスコットランド東南海岸にあるリンディスファーン島の教会を襲撃、略奪した。ために野蛮な連中と恐れられたが、むしろ彼らは交易商人であって、法律も持っていた。彼らの海外遠征は人口過剰のためで あった。
 行動範囲は驚くほど広い。バルト海はむろん、陸路でキエフへ達し、黒海、エーゲ海へ。ジブラルタル海峡経由で地中海へ。カスピ海を南下してバグダットへ。アラフ海からサマルカンドへ。彼らはヨーロッパには多い河川を巧みに利用したようである。(つづく)

(あらまきよしお  作家・荒巻山林山主)

 

命を引き継ぐ 木や虫たちの智恵

16. エゾユキウサギ

ソメイヨシノ エゾヤマザクラ エゾヤマザクラ 写真②エゾユキウサギの食痕です。鋭敏な刃物で切った様に見えます。
 そして、マーブルチョコの様な形の乾いて硬く臭いもほとんどない硬糞に出会うこともあります。(写真③)

 エゾユキウサギは軟糞もします。発酵のためにいい素材とそれに向かない大きな木片などに分けて、いい素材だけを盲腸に残して軟糞を作ります。盲腸で微生物の働きで発酵させ、タンパク質やビタミン類など栄養の高い発酵食品に変えたものが軟糞です。軟糞は食べてしまいます。軟糞を食べないとエゾユキウサギは生きていけません。

 硬糞は食べたとき十分に噛み砕かなかった植物の破片などが固まって出来たものです。夜行性のエゾユキウサギは、日中ジッとしていますがそんなときにした硬糞は食べます。しっかりと噛み砕いて、今度は盲腸で作る発酵食品の材料になります。

 雪原を駆けめぐる足は大きく、指の間には毛が生え、スーノーシューを履くが如しです。外敵に備え、夏毛と冬毛と装いを変える周到さ。大きな耳は外敵をいち早く見つける備えであり、夏の暑さにはラジエーターの役割も果たします。

 エゾユキウサギは厳しい自然の中を生き抜き、命をつなぐ見事な身体の仕組みを持っています。

(文・写真 春日頼雄)



木霊(こだま)

読者の便り

★中学生がカタログでメタセコイアの苗木を取り寄せたのも「スゴイ」と思いますが、それが50年経って直径2・8m、樹高25m以上の大木になったことも 「スゴイ」。是非、写真ででも拝見したい。
 久し振りの沓間ワールド。木一本一本、枝一本一本の陰が、なだらかな起伏の雪面に描いた模様…それを人生模様に置き換えると、深ーい写真に見えてきます。人生模様と違い、サラッと綺麗なのがイイ。余韻が残ります。 (Abさん)

ソメイヨシノ ★ご要望のメタセコイアの写真を送ります。お詫びしなくてはなりませんが、直径2.8mではなく、それは幹周りの誤りでした。読者の皆さんに誤解を与えてしまい申し訳ありませんでした。  (岩手県・Suさん)
編集者注 彼らしくもない間違いをするもんだ…と思いながら、念のために、もらった葉書を取り出して 見たら、ゲッ、そこには「幹周り280cm」とある! とんだ冤(えん)罪事件……。彼には濡れ衣を脱いでもらい、改めて真犯人から、「読者の皆さんに誤解を与えてしまい申し訳ありませんでした。」<(_ _)>
 前号は、お詫びして(心の中で)訂正しておきました。

★随分ご無沙汰していたのに(総会に)温かく迎えられうれしく思いました。新しい会員も随分増えていましたね。会員増は、美しいHPのPR効果でしょうか。ブログや「通信」のWeb版で組織の雰囲気がよく伝わってきます。他団体からの支援依頼もウッディーズの成長の証かと…。 (Aoさん)

★ウッディーズ、冬眠中かと思っていたら動いていたのですねエー。平均年齢は決して低くないと勝手に想像するのですが、皆さんの山に寄せる思いの力強さには敬嘆です。 (Teさん)

★「森林人通信」拝見。「森の時間」(春香山登山口)の写真に目を奪われました。春香山の近所に住んでいますが、あんな不思議な光景は見たことがありません。「どんな時に居合わせたらあんな光景を撮ることができるんだろうね」と妻と感心することしきり。 (Taさん)

★sapporo-woodiesのブログ、殆ど毎日チェックしてまーす! (Aiさん)

★総会での皆さんの前向きな姿勢に「あぁ、いい人達ばっかりだ!」と感じ、 「じゃ、何とか協力しよう」と。この後は感じたままに発言させていただきま した。 (Miさん)

林間独語

▼進学・進級の4月。喜びに弾む笑顔や希望に溢れる眼差しに接する機会が多いが、当会のブログ「活動の記録」にいつもコメントを寄せていただくAiさんの場合は、感慨もひとしおだろう。彼女はピアノ教師だが、今春、お弟子さんが東京芸大に入学されたのだから。その新入生、御年37歳というところがスゴイ。長い年月をかけて醸し続けた思いとその間に蓄積したさまざまな経験は、彼女の芸術性に陰影豊かな彩りを添えるに違いない。

▼志を掲げて新たなスタートを切る人は我々の身近にもいる。ウッディーズ会員のAoさんは、この春から筑波大学大学院の社会人院生となり仕事と学業の両立を図ることになった。「森林ボランティアについては今後とも自分の研究テーマとしていきたい」と言う。心強い限りだ。

▼学び続けるライフスタイル、イイなぁと思う。それは、老人になっても。
画家・ゴヤは80歳のとき、杖をついた老人像を描き、その隅に「まだ勉強中」と記したという。学問・芸術を本格的に追究する人たちや偉大な芸術家とはレベルが違うにしても、そういう生き方から、汲み取るべきものはありそうだ。「もう、歳だ」という言葉は飲み込んで、森の技術や生きものの命などを学んでいきたい。それも、楽しみながら。身の回りは教材に溢れている。
4月はウッディーズにとっても新学期だ。

 

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