Vol.66 2010.8.1

炎天下の 下刈り、間伐、倒木処理に
  熟年の意気盛ん

この北海道が、気温35度を超える熱気に襲われる日もある今年の夏。ウッディーズの中高年(「中」は少ないか?)メンバーは、猛暑にもめげず下草刈りや間伐、そして、林床を累々と埋め尽くす倒木処理に汗を流した。文字どおり流れる汗を…。

北の沢環境林
木陰に憩う (北の沢環境林)

吉村山林
吉村山林フットパス

柴原山林
初めての機械投入… (柴原山林)

久々の「北の沢環境林」

 「北の沢都市環境林」は5年前から風倒木処理や植林などを行ってきた思い入れの強い森である。
 草刈り機を装備したメンバーがお互いの間隔をはかりながら、草いきれのする植林地に散らばり、苗木の周辺を下刈りした。
 手鎌も機械に負けないで活躍する。

 午後は、隣接する吉村山林の笹刈りとフットパスづくり。ヤッパリ暑い。作業にかかるなり、汗がドッと噴き出してくる。
 作業後、吉村さんが西瓜をご馳走してくれた。汗が引くような冷たさと口中を満たす甘さ!西瓜は秋の季語だが、夏の初めから美味しい。(6月12日)

機械の威力、スゴ~イ!

 柴原山林は、昨年春から風倒木処理や除伐、道づくりなどの作業を進めてきた結果、林内景観がかなり改善されたが、一番の難問は、玉切った風倒木の搬出・利用だった。
 玉切りして、薪に利用できるものと林内に放置するものを仕分けたが、蒔の大量利用者と搬出機械の確保に苦慮していた。それが、北山さん・下山さんのお世話で二つの問題が同時解決し、事態は急展開した。
 定例活動日の6月27日、柴原山林の見慣れた風景が一変している! 林内のあちこちに山積みしてあった玉切り材が消え、折り重なっていた「台風禍広場」の風倒木が整然と積まれ、物置として使われたあと無残な姿をさらしていた大型バスが消えている。
 玉切り材は、下山さんと真山さんが、室蘭から運んできた下山さんの小型ユンボを使い5日がかりで集材し、それを石狩市の会社社長Sさんが引き取って搬出したのだ。その量、10トン車で8台分! シイタケのハウス栽培で大量の燃料が必要だという
 Sさんには、重機による風倒木地の抜根もお願いし、ここを「更地」にしてもらった。「台風禍広場」は、間もなく下草や稚樹が林床を覆い、そこにどんな絵を描こうかと想像をかきたてるキャンバスになる。(6月27日)

とは言うものの暑い!

22世紀の森

22世紀の森と下刈りするウッディーズ・メンバー

 ウッディーズは年に2回、当別町青山地区「どろ亀さん記念22世紀の森」へ刈払機を携えて駆けつける。「新山川草木を育てる集い」が営々と進める植林事業に対する「友情出演」である。ここ数年来、ここでの下刈りはウッディーズの定番の活動となっている。
 今年2度目の下刈り。夏は暑くなければおかしい、とは言うものの、今年の猛暑…。直射日光から逃げ場のない植林地での作業は辛い。
 休憩時、柳の木陰に身を寄せる。お愛想のような微風だが心地良い。頭上を見上げると、枝葉のあちこちに毛虫が!やむを得ん、あえて目をつむる。
 毎年、暑い。それを承知でいそいそとやってくる。してみると、我々はこんな繰り返しを嫌いではないようだ。だから、何百年も寒さ暑さを凌いできた巨木を羨望するのかも知れない。自然の諸相に身を寄せ、語りかけ、その応答を聞き取れる成熟の年代になったということかも知れない。いや、子どもや若者にも、その感性はあるだろう。ただ、みんなゲームや勉強、仕事に忙殺されているだけなのだ。(7月17日)

基本技術の習得怠りなく

 「確かな技術で安全な森づくり」に技術研修は必須。刈払機安全講習会(6月24日)・チェーンソー特別講習(7月14・15日)にそれぞれ3人が参加した。

絶海の孤島問題

第1回
イースター島序曲

 日本から一万四〇〇〇キロメートル離れたイースター島は、巨石像モアイの島として有名である。近年は観光も盛んで、この聖なる島をモトクロス・バイクで走り回る若者も多いらしいが、私が『空白のムー大陸』取材のために訪れたのは三十数年前であった。
 もちろん、この島には多くの謎があるが、おいおい書くつもりだ。しかし、栄枯盛衰したイースター島の歴史は、実は今の地球問題を考えるよいモデルなのである。
 私は、いよいよ一〇年代に入って、二一世紀が本格的様相を見せてきたと思う。人類にとっての正念場は今後の一〇年間だと考えるが、私の予想では、九〇年前の一九二〇年代に似ると思う。歴史には循環があり、三〇年、六〇年、九〇年で変わる。この説を採れば、大体の予測がつく。私自身もこうした方法で今後を読み、SF小説を書いているのである。
 さて、まずテーゼを示そう。私は、地球そのものを〈島〉と考える感覚が、これからは必要になると思う。二次元の地図ではなく、三次元の地球儀を両手に持てば、その感覚にかなり近づけるはずだ。地球は球体だから、その表面は閉じられており、従って有限である。ここが、われわれ人類が棲息している場所なのだ。
 当然、資源も有限である。資源に頼る物質文明も然りである。人類が欲望のおもむくままに物質文明をつづければ、地球が汚染されて公害を起こす。  イースター島でも人口が増加し、生存のための階級闘争、更に戦争が起きた。
 もし、地球が一つの島ならば、同じことが起きる。戦争の多くは、生存資源の枯渇で起きるから、人口が五〇億を越えた今の地球は危いのである。
 地球が壊れ始めている。物質の浪費が二酸化炭素を増やし、これが海水温度の上昇を招き、大気にエネルギーを与える。たとえば、印度洋の表面温度がもし一度あがれば、その熱量は凄い。家庭のバスルームを考えればいい。こうして洪水や熱波などが多発、世界各地に悲劇的災害をもたらす。
 ロシアのような北方の国でさえも、今年は山火事が数多く起こり、泥炭層までが自然発火している。南米南部は記録的寒波に襲われ、フランスは連日三五度を越す。日本もだ。
 地球の危機に際し、われわれになにができるか。森を愛し、育てる心から、いま、いちばん大切な地球愛も生まれると思う。

(あらまきよしお  作家・荒巻山林山主)

命を引き継ぐ 木や虫たちの智恵

17. オオウバユリ

オオウバユリ
オオウバユリの翼果

 7月中・下旬、森の中にオオウバユリの花が咲き誇ります。(写真上)
 発芽して開花までは10数年はかかると言われています。開花は、一生に一度きりです。10数年かけて蓄えてきた鱗茎の養分を使い切って死んでしまいます。しかし、多くの場合花茎の基部に小さな鱗茎を残して命を引き継いでいきます。
 一つの花につく翼果は六百以上。一つの花茎には10以上の花をつけますから、翼果の全体数はおびただしい数になります。
 翼果は、風によって散布されますが、その仕組みたるや、まさに巧妙。自然は、かくも緻密で巧妙であるかと感心します。
 翼果が熟すると果皮が三つに割れてきます(写真下)。その縁をご覧下さい。櫛の歯のようになっています。翼果が下にこぼれ落ちないようにしっかりと受け止める仕組みになっています。これでは、翼果は散布されません。ところが、風が強い秋の日のことです。横から強い風が吹き込みます。風は櫛の歯状の隙間から入って果皮の壁に突き当たります。風は上向き方向に変化します。その時、翼果も風と一緒に噴水のように上方向に吹き上がります。吹き上がった翼果は強風によって遠くに運ばれていきます。
 オオウバユリは鱗茎(栄養生殖)と種子で命をつなぐという二つの手段を持っています。

(文・写真 春日頼雄)

木霊(こだま)

読者の便り
春紅葉

★5月30日、中学生の子どもと毛無峠から赤井川方面へ自転車を走らせていたとき目にした「春紅葉」です。
 石狩湾の海の青さと、その向こうの暑寒別岳の白さも鮮やかでした。
 残念ながら、今月(6月)はぜんぜん参加できません。でも、ウッディーズのインターネットサイトが充実しているので、参加できなくても最新の活動状況が確認できていいですね。
 今日は南会津の実家で畑仕事をしていますが、暑くてまいってます。 (O.H.さん)

★「森林人通信」拝読しました。皆さんの森林の保護の様子を知り、無気力に過ごしている私には大変な刺激でした。多くの命の営みから学び感じる喜びや山への思いは無限ではないかと思われます。価値観や感性を共有する方々とのコ ミュニケーションは想像を超える素晴らしさと、羨ましく思います。美しい短歌も掲載されていましたね。
 皆さんの活動を思い浮かべて、稚拙な一句を献げます。
〈森林人の操るチェーンソー光る汗〉   (K.M.さん)

★新しい刈り払い機で放置された林道のオオウバユリを刈り、顔中、緑のツユだらけでしたが、誰の役にも立たないような手仕事がこんなに手ごたえがあるのだ、ということはもっと教えてあげたい気がします。(K.T.さん)

★「森林人通信」は編集者の思いと、共感する沢山の素晴らしい方々が周りにおられて、読む者を引き付けるのだと思います。
 封書添付の切手は纏めて、以前勤めていた会社経由で福祉施設等に寄付しています。
 (前号の)Ai様と同様郵送等の手間を省くため「森林人通信」をメールで送って頂ければ自分でプリントします。   (M.M.さん)

★とうとう、ウッディーズの活動ぶりはSF作家さんのネットワークにまで!
 今回の「山主さん特集」、光っていましたね。草の根の市民活動に賛同するこうした山主さんたちのご理解を得て、ウッディーズは安全第一で楽しみながら活動を続けていける。これはとても貴重なことだと思います。(A.K.さん)

★柴原山林の「緑の回廊」。比較写真だと一目瞭然で、次回が楽しみ。
 新しい仲間の顔写真入りの紹介、期待してます。
 6月1日、帰宅して「森林人通信」が届いていない!「あれ~っ」とガッカリ。ガッカリが、一日ごとに大きくなり、届いていた時の嬉しさはその分、上積みされましたが。
 「7月休刊」は、楽しみが一つ減ったよう。 (A.B.さん)

林間独語

▼両親の古稀の祝いにという娘たちの企画で、6月末から1週間、家族で沖縄を旅した。飛行機やホテル、レンタカーの手配から現地のナビまで、全て娘にお任せというお気楽さで、食べ物や風景を満喫し、人情にほだされた楽しい旅だった。

▼駆け足旅行とあって、ポイントをしぼらざるを得なかったが、「自然派」としては、ヤンバル(山原)を外すわけにはいかない。生まれて初めてパドルを操つり、カヌーツアーを体験した。東村(ひがしそん)・慶佐次(げさし)川を河口から上流へ漕ぎ上り、川岸のマングローブや小動物を観察したのだが、初めて目にする生きものと出会いを子どものように喜んだ。若いガイドの、故郷の自然に対する深い思いと気遣いが印象に残る。彼は、ツアー終了後、沖縄の現状についても話してくれた。彼もそうだが、タクシーの運転手さんも他のガイドさんも、内なる思いを静かに話す…、という語り口において共通している。いずれも、通りすがりの旅人として向き合うだけではもの足りない、そんなことを感じさせる方々だった。

▼本島南部の戦跡で沖縄戦の悲惨さに息を呑んだ。「本土決戦」に備えた時間稼ぎの「捨て石作戦」だったその戦闘で、多くの住民が米軍の砲弾ばかりか日本軍兵士の銃剣に殺され、その兵士自身も生きることを許されなかった。軍人・軍属の9割以上が戦死したが、その多くは強制された無駄死だった。帰ってから、ウッディーズの二人の方に「身内が沖縄で戦死した」と言われ、今さらながら驚いた。

▼「本土」の我々は普天間を始め多くの米軍基地を沖縄に押しつけ、今に至るも沖縄の人々に大きな犠牲を強いている。 辺野古は「移設」を騙(かた)る新基地の建設であり、新たな犠牲の押しつけである。建設阻止の座り込みを続けて2千数百日になる「辺野古テント村」でお話を伺った。基地建設に対置して語られたのは、ジュゴンと珊瑚が危ない!という命への危惧だった

▼沖縄の自然は、65年前の地上戦、広大な米軍基地建設、補助金(基地の見返り)による大規模開発により破壊され、珊瑚の海は流失した赤土で覆われ、或いは、埋め立てられているという。生活環境・自然環境を守る「最前線」にあって、丁寧に実態を説き、闘いの決意を諄々(じゅんじゅん)と述べるその語り口は、やはり、もの静かだった。

 

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