Vol.43 2008.6.1

新緑の森で 実地検分、植林、除伐など

新会員も参加 生き生きと

■5月の活動経過

【5月10日】 これまでのの施業成果を検分してまわる。5年前にスッキリと枝打ちした荒巻山林は、もう枝が混み合い、間伐が必要な段階に来ていた。森林の育成に手抜きが許されないこと
を実感させられる。荒巻山林を含め4箇所を検分したが、合間の昼食時には色々な山菜の天ぷらを揚げ、自然の恵みを多いに堪能した。

5月17日支笏湖復興の森

【5月17日】 「支笏湖復興の森」での補稙作業。昨年5月、ウッディーズが引き受けた区画に700本のトドマツを植林したが、そのうち420本が枯れていた。6割の枯損率! 「軽石」が多い火山灰地であるという土壌条件と、植林した時期をまたいだ雨不足という気象条件がダブルで祟ったようだ。自然は一筋縄ではいかないものだと痛感するが、今年は土も良い具合に湿っている。順調に育って欲しい。
 午後からは、7月以降の作業着手に備えて、北山山林へ林相視察。初級者も腕を振るえ、達成感を得られそうな山林だ。(別項参照)

5月25日北の沢

【5月25日】  ひと月ぶりに戻ってきた北の沢環境緑地。関東で充分な経験を積み、北海道転勤を機に仲間入りされた石田さんが、満を持して登場。西斜面と隣接の吉村山林で、18号台風による倒木の処理や不良木の除伐などを実施した。午後は激しい降雨となったため、作業中止とする。

‐格好のフィールド 「北山山林」‐

 楽しみにして訪れた北山山林には、アオダモ、カスミザクラ(と思われる)、ニシキギ等、他では数の少ない木を含め多くの樹種が見られた。カラマツ林が沢山あり、ウッディーズが手を入れると素晴らしい結果が得られそうな箇所も多い。ベテラン連中は、すぐにでも取りかかりたい雰囲気だった。気がかりは、あまり手入れをしすぎると、キノコ採りがわんさとやってくるのではないかということだ。  (中野)

カツラ

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森の時間

【カツラ】

写真:沓間洋子(ポロト湖畔 5月)

同根の 天空を指す樹と地に倒れ臥す枯れ木
生と死は大地で結び合い 無限の時を過ぎる


命を引き継ぐ 木や虫たちの智恵

4. 雌しべ先熟の花 ホオノキ

ホオノキ

 6月初旬、森に入るといい香りが漂ってきます。香りの源は、大きな葉、大きな花のホオノキです。この香りは昆虫を引き付けるのに役立っているのでしょう。
 ホオノキは、香りは出しますが、蜜は出しません。この花を訪れるのは主に甲虫ですが、訪れた見返りはありません。ですから、受粉の効率は悪いでしょう。そのせいでしょうか、ホオノキは一斉に花を咲かせません。一本のホオノキの花を見てみましょう。花が咲き終わったものあり、真っ盛りあり、つぼみあり、様々な段階の花が見られます。受粉の効率の悪さを花期を長くすることでカバーしているのでしょう。
 秋、実をつけているホオノキをご覧ください。あんなに沢山花を咲かせていたのに、実の数は多くはありません。やっぱり、受粉効率が悪いのだなと実感する風景です。
 一つの花に雌しべと雄しべがある花を両性花といいます。ホオノキは両性花です。ところが、雌しべが先に熟する雌しべ先熟の花です。「花は少し開き、このとき雌しべが熟します。花はいったん閉じて、翌日からしばらくは雄しべが熟します。花びらが全部開くときは、すでに雄しべが散った後なのです」(北海道森林整備公社『森の世界』)。両性花ですが、自分の花粉では受粉しないという仕組みを持っている花です。(春日順雄)

木を友に

Vol.14 【ライラック】

ライラック

ーロッパ東南部原産で、高さ3~5mの低木。ライラックは英語名、フランス名はリラ、和名はムラサキハシドイというが、名の通り紫色の花が多い。しかし、白い花もありこれを白ライラックと呼んでいる。別にハシドイ(ドスナラ)という同じモクセイ科の高木もあり、白い花が咲きライラックと同じ良い香りがする。これも街路樹として植えられているので、少々話がややこしくなる。
の木は札幌の「市の木」に指定され毎年5月下旬には「ライラック祭り」が開かれる。「市の木」に指定されるだけあって、市内の至る所で見ることができる。わが家の周りにも数本のライラックがある。根元から沢山のひこばえが出るので、これを利用して簡単に苗木を作る事ができる。
 ライラックは明治の中頃に北海道に渡来した外来種である。札幌では植物園の事務所前にある木が最も古く、宮部金吾博士が植えたと言われている。博士は、北星学園の創立者である米人宣教師のクララ・スミス女史から入手したのではないかと見られている。女史は、明治23年にニューヨークに里帰りしたときに、ライラックの苗木を持ち帰り学園内に植えた。当時博士は、北星学園の植物学講師をしており、その縁でライラックの苗が手に入ったらしい。因みに、北星学園の校花は、ライラックである。
りの良いライラックの花は、香水の原料になる。香りの成分を最初に発見したのは、若山誠治という札幌教育大学の教授である。香りの成分を抽出するのが難しく幾度も失敗を繰り返した。しかし、偶然に低温抽出で成分をキャッチでき、それが「エレミシン」という化学物質であることが確認された。最近、富良野のラベンダーが有名になり、香水も沢山売られているが、ライラック香水が札幌で作られているという話は聞かない。
 何年か前の地元新聞に、写真入りで「ライラック200種競演」という記事が載っていた。豊平区月寒の住宅街の一角に、約6千の空き地を利用したライラック畑があるとのこと。米、仏、中、豪、韓など世界各国の固有種を、200種以上集めて楽しんでいる。植物園にもライラック園があるが、これほど種類は多くない。因みにライラックは、6月25日の記念樹。

【参考図書】
・辻井達一「日本の樹木」(中公新書 )
・佐藤孝夫「新版北海道樹木図鑑」(亜璃西社 )

山中林思

Vol.4 【三輪山と春日山】

回は三内丸山遺跡を例に、縄文時代の人間と森との関わりを述べたが、今回は奈良県にある三輪山と春日山を比較しながら、縄文時代との違いを考えてみよう。
 奈良時代には律令制度によって、天皇を中心とする中央集権国家が確立された。その重要な施策として、「公地公民」の理念がある。即ち、土地と人民はすべて国家のものであるという前提の下、従来豪族の支配下にあった土地と人民を国家の直属にした。豪族には、国家から改めて「位田」「職田」「功田」として田を与えて経済的特権を保障し、朝廷の役人としてその社会的・政治的地位を認めるなど、国家機構への取り込みを図った。簡単に言うと天皇(国家)と豪族による土地と人民の分割供与、国家主導の妥協策と言える。
ころでここで言う「公地」とは、お米のとれる田を指している。では、畑や我等が最も関心を寄せる森林はどうだったのか? それについては「律令制では、労働力の投入によって耕地化されていない未墾地・原野=山川藪沢は、公私利を共にすべしとされ、公・私いずれとも確定されない無主地であった。」といわれる。このことから、律令制度確立以前の所有関係がそのまま持続していた…と推論する。つまり、大小豪族の森林、村のような集団の森林あるいは寺社の抱える森林がモザイク状に入り乱れている…というのが実際だったのではないだろうか。
て、かつて奈良の都が栄えた奈良盆地には、南東部に三輪山、北東部に春日山がある。春日山は現在「原始林」と評価され、「特別天然記念物指定地」になっている。代々豪族藤原氏の氏社、春日神社の山として栄え、江戸時代には7908石の朱印地が幕府から与えられた。シダ植物・種子植物合わせて187科、1272種の分布が確認されている。一方の三輪山は、大和朝廷の奈良盆地進出以前からこの辺りで勢力を誇っていた、三輪氏の神南備山として有名。しかし三輪山をご神体とする大神神社の社禄はわずかに60石、植物も709種にすぎない。それどころか、三輪山の記録や植生から、この山はかつて頭頂部まで伐採され、地面が露出していたことも明らかになっている。なぜこうした違いが生じてきたのだろうか? それについて「一、三輪山林並びに木の葉盗み捕る者…手前うち捨てたるべき事」という資料から、三輪山は信仰の対象であっただけではなく、近くの里人から大いに利用された里山であったことがわかる。三輪氏が藤原氏に比べ早くに勢力をなくし、歴史の表舞台から消えていったことも要因になろう。縄文時代以来の山林利用の伝統を受け継いできたのは、はたしてどちらの山であるのか言うまでもないと思う。


参考図書 永原慶二「日本経済史」岩波全書 
有岡利幸『ものと人間の文化史 里山1』(法政大学出版会)「新日本史」(三省堂)

木霊(こだま)

読者の便り
★「森林人通信」、隅々まで拝見。言葉が見つからなかった「森の時間」の写真。「木を友に」の松前の桜、80種類もあるなんて本当?と思うくらいの驚き。後日、文中にあった静内・二十間道路の桜を見て、今までと違って、表面的な美しさの背後に手入れをしておられる人々の苦労が偲ばれ、ありがとうという気持ちが…(佐藤恵美子)

★「木や虫たちの智恵」は、いつも内容がタイムリー。メジャーでない虫たちの「智恵」も知りたい。「森の時間」なかなかなものですね。楽しみが増えました。(安部)

余録

★5月1日の早朝(深夜)、「硫化水素が…、すぐ避難…」と触れまわるスピーカーの指示に家を飛び出した。隣のブロックの小路に点滅する赤色灯が見え、夜が明けて24歳の無職青年が自殺したことを知る。顔も姓名も、まして、彼の悩みなど知るよしもない。目と鼻の先なのに。「向こう三軒両隣」でさえ会釈を交わす程度のお付き合い、昔懐かしい「ご近所」は存在しないのだ、と改めて思った

★ワオーの森で植林したサクラを見回っていたら、年配の方が住宅地の方から見ている。近寄ってご挨拶すると、「チョッと萎れてましたが、元気になりましたネ」とおっしゃる。ふと見ると、お宅とサクラを結ぶ線に踏み跡がクッキリ。「アレ、水やりに通ってくれたんですか?」と伺うと、「エエ、木が好きなもので…」と遠慮深そうなご返事。ここではこんな「ご近所」が増えている。散策に来てくれる親子、植林を手伝ってくれる人、カメラを手に花を撮りに来てくれる人、小屋に酒を飲みに来てくれ、また、誘ってくれる若者、そして「薪割り仲間」など、取り立てて言うほどもないこの里山に、かつての町場のそれと一味ちがう「ご近所」である。徐々に手入れが進んで近寄りやすくなったからか。小屋下の、毒舌を持ってなるご意見番にも「良い山になったなぁ」と誉められ、カメラ愛好家には「斜めや横に乱れていた樹が整理されてカメラを向けやすくなった」と伺う。偏(ひとえ)にウッディーズの援助による。感謝々々。(高川)

 

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