Vol.54 2009.6.1

薫風 若葉 きらめく陽光
 5月は全週末をフル稼働

 山肌が、萌えだした若葉の織りなす「春紅葉」から、深い緑に変わってい く、五月 ― 新しい仲間も迎えて、本格的な活動期の到来だ。

5月の活動を振り返る

初めての経験、とっても楽しい

9日 北山山林

 24人参加。 04年18号台風被災跡地へアカエゾマツを植える。
 遠く西東京市から北山さんのお兄さんご夫婦も駆け付けた。新しいメンバーも4人。見通しの良い植林地に春の気配が漂う好天気。いやが上にも心が弾む。
 植栽箇所が事前に整然と決められていて、作業はスピーディーに進み思ったより早く終わる。
 心地よく吹き渡る風に、植えたばかりの苗が微かに揺れる。樽前山の火山灰堆積地であるこの地は、いかにも養分が不足しているように見え、苗の生存率や成長率が心配である。しかし、台風被害を免れた周辺の樹木はなかなか堂々としている。このアカエゾマツたちも立派に育つだろう。見ることの叶わぬ鬱蒼たる茂みを脳裏に描いてみる。
 新会員の君(きみ)さんに入会動機を伺うと、「日ごろ、木を使うばかりでは申し訳ない。植えることもしなければ、と思って…」と言う。先に入会された川崎さんも同じ趣旨のことを話していた。お二人とも、30代の建築家である。

10日 支笏湖復興の森 

 4人参加。6割420本も枯れていた昨年とは違い、今年は10本程度。状態の悪いのも併せて30本の苗木を補稙した。
 他グループの補稙も支援。

16日 柴原山林(15人参加)
林床を覆う玉切り材
林床を整理する

 降雨で中止した4月26日の代替で5月3日に臨時作業を実施(8人参加)しているが、姿を現したおびただしい倒木などに驚いた(上左写真)。
 16日の作業は、3日に引きつづき、林床を覆い尽くしている玉切り材や枝条の整理(上右写真)に加え、作業道の整備、枝打ちである。山林入り口に無断立ち入り防止の鉄パイプ・チェーンも設置した。
 柴原山林は、これからもみんなの意見を出し合って施業を進める。

柴原山林・出倉さんの ‘謝’メール
  じいちゃんが 「ありがとう」と… 

 「森林人通信」に、じいちゃんのことを書いて頂きありがとうございます。  家族で読ませて頂き、胸が熱くなりました。じいちゃんとの日々を思い出して涙ぐんでしまいました。
 先日、妹と滝野に行き、手入れがされてきれいになった山を見て感激しました。ウッディーズの皆さんの温かいご協力に対して、じいちゃんはきっと「すまないなぁ。本当にありがとう!」と感謝しています。
 改めて「森っていいな」と思って帰ってきました。そして、滝野での子供時代、野山を駆けまわっていた幼い頃を懐かしく思い出したりしました。本当にありがとうございます。
 
24日 北ノ沢第2都市環境林 
 17人参加。4月21日の臨時作業(6人参加で、キタコブシの植栽、冬囲いの結束解き)に続き、本年2度目の北の沢。山を吹き下ろす風が冷気を運んでくる。  一昨年の「植樹祭」で植えた苗木に雪折れが目立つことから、補稙が必要になった。目印のピンクテープを頼りに枯損した苗を探り当て植え替えていく。一見して枯れているかに思われる木も根際から芽を吹いていたりして、命の強さを思わせる。
 作業が進むにつれ吹きつのっていた風も凪ぎ、小鳥の囀りが賑やかになる。  早めに終わった作業の後は、家族へのお土産(罪滅ぼし)にと山菜採りに山に分け入る人や、藻岩山へ登山する人など、それぞれに春の午後を楽しむ。
 
31日 北海道神宮 
12人参加。作業開始時から降り続ける小雨をものともせず、ひたすら境内 林の下草や笹を刈る。

キタコブシ

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森の時間

【キタコブシ】
写真:沓間洋子  撮影地:ワオーの森

北の山の、春一番の白の宴
裸木の梢という梢に大振りの花々をほころばせ
青空へかかげる、やがて
薄緑の焔を点して若葉が宴の終わりを告げる

 翳(かげ)る白輝く白の辛夷見ゆ 千原叡子

森林人歌壇


北辛夷の枝にある花散りし花今朝振る雨に白のしづけし  原 公子

避けきらず辛夷の太枝裂け落ちて花芽の枝は香りを放つ 中野常明

卒寿超え孫に遺せし山林に手入れ助くる仲間集まる    中野常明

白鳥の羽撃き見つつ煩悩など持たざるものの輝きやよし   高橋千賀

ビル街に見えゐる空の半分を占めて白雲固く動かず  高橋千賀

山中林思

Vol.12(最終回) 【限界集落に挑む活動を】

生労働省の国立社会保障・人口問題研究所は08年12月24日に「2035年の全国市区町村別の推計人口」を発表した(「道新」報道)。それによると05年の国勢調査と比較して、人口が50%以下と予測されている市町村は道内に25ある。そのトップは渡島管内福島町で、現在の39.4%に減少することになる。以下、夕張市、三笠市、歌志内市、積丹町…と減少率が高いのだが、その地域的特徴を見てみよう。まず空知管内の旧産炭地である。もちろん芦別市、赤平市も含まれる。続いて渡島・後志・宗谷の漁村が該当する。積丹町、利尻富士町、利尻町、松前町、木古内町など。最後に交通の不便な内陸の農山村である。滝上町、中頓別町、幌加内町、陸別町、中川町、音威子府村など。いずれも減少率の高い順に挙げているが、絶対数としても音威子府村は人口516人と予測されている。

た1965年の国勢調査の数値と比較すると、70年で人口が当時の10%未満となる自治体は夕張市、歌志内市、幌加内町の3つである。20%未満では更に16自治体が加わる。何とも身の毛のよだつ予測ではないか。しかし65年から既に44年を経過して、この予測が確かなものになりつつあるのも事実と言えよう。限られた都市への一極集中と地方都市及び農山漁村の荒廃というアンバランスは、まさしく我が国のいびつな状況である。

して人口減の現象の背景に、広大な農耕地の荒廃と人工林の放置を看破しなければならないだろう。決して、人口減だけではないのだ。同時に明治以降の北海道開拓が何であったか、その功罪が問われていると言って良いのではないか。

ッディーズの活動は、森を見る目を養ってくれる。森を求めて集う目的と効用はさながら三つあるだろう。一つは森林での伐採や植林に無上の喜びを感じて、チェンソーからほとばしるオガクズに興奮する仲間。二つめに自ら山林を所有し、その育種・改善・維持・利用を図るために必要な労力と知識及び経験を協同組合的に助け合う仲間。そして森林の環境保持を通してささやかながらも地球環境の改善に貢献したい…と願う仲間である。

こで私見を提案。「フォレスト・レスキュー」(F・R)と称して、ドクターヘリならぬ「森林救助隊」の機能を果たすことはできないか。全道からの荒廃林対策に応える事務局機能の確立と派遣体制の整備が必要になるが、難しいだろうなと思う。日常的に微々たる活動をたゆむことなく持続していくことが最も現実的と言えよう。しかし、現今の限界集落や「限界自治体」とも言える状況に少しでも対応したいものだ。地球規模で環境問題が叫ばれている今日だけに、森林活動への参加は「草刈り十字軍」を例に出すまでもなく、正に旬である。そして流行でもあるだけに、廃りがあることを見越して臨んでいく必要があるだろう。

お、冒頭の「道新」報道では、人口減に対する「実効ある少子化対策が求められる」とあるが、基本的には地域経済対策と押さえなければならないだろう。

参考文献
大野 晃『限界集落と地域 再生』(北海道新聞社)
大江正章『地域の力‐食・ 農・まちづくり』(岩波書店)
本間義人『地域再生の条件』(岩波書店)

命を引き継ぐ 木や虫たちの智恵

11. エゾタンポポとセイヨウタンポポ

エゾタンポポは在来種です。ところが、私たちの目にするタンポポのほとんどが外来種のセイヨウタンポポです。セイヨウタンポポは、札幌農学校創立当時の教師W.P.Brooksが蔬菜用に栽培したものが逃げ出したものだといわれています。
 およそ120年の間に北海道のタンポポの分布は劇的な変化を遂げました。エゾタンポポとセイヨウタンポポの間に「タンポポ戦争」があって、セイヨウタンポポが勝ち、エゾタンポポは数を減らしたからです。
 どうしてエゾタンポポは数を減らしたのでしょう。 エゾタンポポ セイヨウタンポポ


 エゾタンポポ(写真上)の花期は、5~6月。春しか咲きません。しかも、同じ仲間の他の個体からの花粉を受けないと種子は出来ません。つまり、他家受粉です。
 セイヨウタンポポ(写真下)は、年中いつでも花を咲かせます。自家受粉(同一個体内での受粉)でも他家受粉でも種子をつくります。さらに、セイヨウタンポポは、エゾタンポポと交雑するといわれています。純粋なエゾタンポポが数を減らすわけです。
 エゾタンポポがセイヨウタンポポに取って代わられたのは、命をつなぐ仕組みに違いがあるからです。
 エゾタンポポの花は美しく鮮やかな濃い黄色です。総苞片は反り返らないので、容姿端麗にみえます。写真のエゾタンポポは、大倉山から小別沢方向に少し下ったところで写したものです(撮影日 07年5月27日)。セイヨウタンポポの総苞片は反り返ります。エゾタンポポとの違いの目印です。
 セイヨウオオマルハナバチ、オオハンゴンソウ、アライグマなど外来種が勢力を伸ばすのは困ったことです。
(文・写真 春日頼雄)                                

木霊(こだま)

読者の便り

(「森林人通信」53号を読んで)
 柴原さんの、穏やかさの中に一本芯が通っているようなメモ。お幾つの時のものなのか…。思いつきですが、このメモ書きで看板を作ってみては? 畑のある辺りから散策路「茂松フットパス」を作り、その起点に立てる…。
 「木を友に」、いつも勉強になります。「白樺林は、酸性が強く痩せた土地だ」と農地にしなかった開拓者達の経験智。色々な智恵を継承できていないのが残念。
 「木を友に(昼食談義版)」、ニセアカシアはその根粒菌による土地の肥沃化も導入目的の一つだと。でも、肥沃化したとして、その後、どんな土地利用がされるのでしょう。 (Aさん)

林間独語

★それを見て小学一年の男の子が悲鳴を上げて泣き出した。地際から先端まで野ネズミに囓られ、白い木肌をさらしているズミの若木。昨秋、保育園の卒園記念に自分の手で植えたものだ。
 想わぬ反応に慌てて、「大丈夫。死んだんじゃない。傷ついただけ。すぐ、芽を出すから」と、なだめたが一向に泣き止まない。
 困惑しながらも、彼の澄んだ感性に驚き、止めどもなく流れる涙を美しいと思った。よほどのショックだったようで、それから一時間近くもしゃくり上げていた

★その彼もやがて、人間が他の生物の命を糧にせざるを得ない生きものであることを知るだろう。
 その時、一本の木の命に涙した目は澄んだままだろうか。
 世界と日本で、なぎ倒され或いは荒れるがままに放置されている木々をその目は見るだろうか。
 毎年、40万頭ものペットがガス室で殺され、3万人を超える人たちが自殺する日本の姿が目に映るだろうか。
 毎日毎日多くの人々が戦火や飢餓で声を上げることもなく死んでいく世界の現実に気づくだろうか。
 幼気(いたいけ)な涙に映ずる命の諸相を見た。

 

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