Vol.57 2009.9.1

作業体制の整備進む
 班長主導の作業班による施業へ

 懸案であった作業体制の整備が図られることになった。会員の増加ととも に、作業の組織化や安全意識の徹底と技術向上への取り組みが不可欠となって きたため、今年度の総会で作業担当幹事が設けられていたが、この度、担当幹 事の提起を受け、役員会で以下の措置を講ずることにした。

★作業班を編成し、班単位に作業を進める。
★各班の作業管理や技術指導には班長があたる。
★班長の任務は、作業手順の徹底、技術指導、安全の確保(事故発生時の対処 を含む)、使用用具の管理、作業進捗状況の確認・報告、ヒヤリ・ハット事例 の報告など。
★班長をもってリーダーグループを形成し、協力して指導力の涵養を図る。
★新会員については、作業班とは別に設ける研修班において木の切り方や枝打 ち・下刈りなどの基本技術を習得するほか、適宜、作業班において実習する。
★9月12日の定例活動からこの体制を始動する。

盛夏 汗まみれの 森づくり

8日 柴原山林   20人参加

出来たてのフットパスに陣取り弁当を広げる。
終始、笑いがはじける、楽しいひととき。

 久しぶりの夏日和。前回に続き、フットパスづくりと林床を覆う伐倒木の処理を行う。
伐倒木は1・5㍍に玉切って集積していく。フットパスづくりは、それにこだわるメンバーが一人シコシコと楽しんでいる。
 25度を超えようかという気温、作業開始とともに汗がほとばしり出る。夏の暑さを実感するのも悪くない。小休止で木陰に逃げ込めば、カラッとした空気が心地良い。エンジン音に代わって蝉時雨が降り注ぐ。
 積み上げた玉切り材は薪として利用される。これまで、除・間伐材は切り捨て放置するだけだったので、どんな形でも役に立つというのが嬉しい。
 午後は、枯損木などの除伐・枝打ちを行なった。
 作業終了時、新入会員や体験参加者が、「日常では経験することがない、イイ汗をかいた」と、こもごも感想を述べた。

23日 柴原山林  18人参加

 明け方からの雨がだんだん大降りになり、「中止!」を予想したが、直前になって降り止む。待機モードから慌てて駆けつけたメンバーもいたようだ。
雨上がりの柴原山林は緑あざやかだが、蒸し暑い。
この日は、伐倒木処理班に加え、フットパスづくり班も編成する。ルートを決定し、笹を刈り、不良(不要)木を伐り取っていく。鍬とチェーンソー、刈払い機による全くの手仕事である。
少しずつ距離が伸びていき、やがて、自然なカーブを描く一筋のフットパスが通じる。荒れた林内が俄然光彩を帯びてきた、と見るのはひが目だろうか。
フカフカするその道を用事もないのに歩いてみる。
作業箇所へのアクセスを容易にし、林内散策を楽しめる路網を完成させたい。
昼食は雨除けに張ったタープの下、笑い声や和やかな話し声が行き交う。
終業時の反省会で、イアーマフ(耳栓)とチャップス(防護衣)の着用厳守を確認し合う。

25日 札幌南高学校林   11人参加
 石狩森づくりセンターやボランティアグループなどとともに南高生320人の枝打ち作業を支援。
〔Kさんの感想〕 大勢の手できれいになった森を風が通り抜けて、本当に気持ち良かった。生徒さんたちに木や森を大切に思う気持ちが育つことを願います。

私財を投じた自然公園構想
  でっかい夢 実現へ ウッディーズが支援

人工池が 公園のメインスポット

 札幌で会社を経営する田嶋さんには、 南区豊滝にある50ヘクタール(将来は100ヘクタール)の広大な山林を自然公園化し、子供・老人・障害者に無償で利用してもらおうという、壮大かつ崇高な夢がある。
 9年前に着手した工事で、今、夢は形になりつつある。小川のせせらぎと小鳥のさえずりが響き合い、池には魚影が走り…。
 ウッディーズが、伐採などを支援することになった。

沈思黙想

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森の時間

【沈思黙想】

写真:沓間洋子  撮影地:ワオーの森


白旗なあなあ日常

Vol.2

 どういう訳か編集長から投稿継続とのこと。紙面の無駄遣いだと心ある読者からの一報を待望しつつ、今回も独り言を。

盆休みの半日をお墓参りで過ごした。真谷地には父方、追分には母方、江別には父の墓があり、春秋の彼岸とお盆にお参りするのが恒例になっているが、信心深い訳ではない。お参りしないと気持ちが悪く、どうにもスッキリとしない。

子供の頃、お盆は久しぶりに会える親類とお土産を楽しみに待つ行事であり、直に夏休みが終わる憂鬱な時期でもあった。親許を離れて社会人になってからは、正月とともに実家に帰ってゆっくり過ごす休日になっていたけど、いつの頃からかご先祖様への感謝の気持ちを表す機会になっている。

十路の頃に大病を患ったが、ご先祖様にミマモッて頂いて寿命が延びた(と信じている)。このことに限らず、心では日頃から感謝していることを体現したい気持ちがお墓に手を合わせているのかも。ご先祖様にミマモッて頂いているという感覚は、森林ではより強く感じる。八百万の神々との相乗効果?

の手入れでは刃物を使う作業が多く、危険と背中合わせのことも(伐木の場合、相手は自分より遥かに質量がある)。偶にヒヤッとした時は、何かにミマモラレていたことを実感。なので、作業で山に入る際には「よろしくお願いします」と心で一礼。特に伐木は「仕事だから悪いけど伐らせて貰うね」と、一本一本、許しを請いながら伐っているけど、忘れてしまうことも。そんな時には必ずチョットした痛い目に遭う。伐倒方向が狂って「かかり木」になったり、落ちてきた枝に当たったり…先日は、間伐予定地で根曲り竹の刈払い作業中、地蜂に刺されてしまった(週に二度も)。

れって、挨拶を忘れたからバチがアタッた? 八百万の神々もご先祖様もそれ程チッポケではないだろし。心構えを忘れていたから…作業に集中しないで漫然とやっているから痛い目にも遭う。大きな怪我や事故に繋がらないよう、作業前には氣を入れ換えて精神集中するようにしなくては。

みに、今年は地蜂に遭遇することが多い。風倒木が根返りした穴、土に還り始めた風倒木の下など、直射日光が当たらない場所は要注意。刺された場合は、速やかに蜂の追撃を躱して避難し、周囲に注意喚起し、安静にして毒を専用器具で吸い出すことが応急処置の手始め…

命を引き継ぐ 木や虫たちの智恵

13. ドクダミ

 ドクダミは沢山の薬効があり、「毒を矯める」から「ドクダミ」。十薬ともいうが、江戸時代に貝原益軒著「大和本草」の中に「十種の薬の能ありて十薬となす」とある。
 強い抗菌作用をもつので、我が幼少の頃、お年寄りが庭の片隅に植えていて、吹き出物に葉を揉んで張ってくれたりした。鼻水が出て困るとき、おそらく鼻炎だろうが、そんなときには、葉を揉んで鼻の穴に詰める、そんなことで症状を和らげてくれたことを思い出す。利尿作用や動脈硬化の予防のためにドクダミ茶を愛用する人もいる。
ドクダミの花

 独特な臭いに似合わず可憐な花を咲かせる。花言葉は「白い追憶」。黄色の沢山の小花を穂状につける。小花には花びら無し、雌しべと雄しべのみである。花びらに見えるのは4枚の総苞片である。
牧野富太郎の『植物記』に「ドクダミは種子によって繁殖することは出来ない。雄しべの粉ぶくろには花粉は入っているが、しなびて役に立たない。雌しべは大きな種ぶくろ(子房)を持っているが、一向に種子を作らない。出来てもシイナばかりで発芽しない。」とある。
種子を作らないドクダミは、どのようにして生命をつないできたのだろうか。
「ドクダミは、地下茎によって繁殖する。ほんの小さな地下茎でも芽を出し、はびこる。畑に入ると厄介者である」と、『植物記』は続く。
地下茎による生命の継承と分布の広がりには人間生活の営みが大きく関わっているのであろう。我が家の庭に生えているドクダミは、他所から「ミツバアケビ」の苗をいただいた時に、地下茎の小片が付いてきたようだ。防除を試みたが、全く不可能で、生育範囲の拡大を防ぐのが精いっぱいである。

(文・写真 春日頼雄)

木霊(こだま)

読者の便り

★新しく登場した笛木さんの「なあなあ」、楽しみです。(Nさん)
★「ブツブツ通信」の笛木さん。〈悪評だと今回限りに〉とか。面白そう。断 固続けさせるべし。(Tさん)
★メンテナンス講習会に出席できなくて非常に残念、というより損をした気 分。講習を受けた方からでもぜひマイ機械のメンテナンスを教えて欲しい。 (Nさん)
★ウェブ版「森林人通信」について一言。「木を友に」、「山中林思」、「森 の時間」、「命を引き継ぐ木や虫たちの智慧」、「森林人歌壇」など、それぞ れのコーナーをまとめたページを作ってみては? 今までに掲載されたものを いっぺんに見ることができる。作者のプロフィールもあればウェブ版らしくな るかも…。(Aさん)

林間独語

▼前号の本欄で、知人女性と彼女に拾われた猫のことを書いた。
その後、「朝日 歌壇」に捨て猫を歌った次の句を目にした。
〈みなかったわたしは知らないごめんよと通りすぎたり藪の捨て猫〉 有馬純子
▼またある日の新聞投書欄に、4匹もの捨て猫を拾ってきた夫に毒づく妻がいた。馬鹿にならないエサ代、診療費などを並べ立て、「ホン トに前後の見境がつかないんだから」と。しかし、彼女はそんな彼を決して嫌 いではないようだ。少しホッとする景である
▼心優しい人々が見守る(通り過ぎる)捨 てられた猫とは別の「捨てられた」景を目にする。荒廃する自然環境とそこに 捨て置かれる人の命…。この夏、台風襲来の度にテレビや新聞が報じた被害の 爪痕(あと) ― 放置された人工林と山間集落に取り残された高齢者 ― 幾度と なく見た構図である
▼この夏を通じて闘われた国政のあり方を問う選挙、結果は劇的な政変をもたらした。新しい政治の幕が開け、蹂躙(じゆうりん)され続 けた環境と命を巡る状況が変わるのか、捨て置かれてきたものが救われるのか、全てはこれからだろう。

それにしても、氾濫した「マニフェスト」に森林・林業政策のなんと影の薄かったことか。

 

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