荒巻 義雄氏によるコラム「北極圏への旅」
第5回 生命の木
ナルビクへ戻る。食事をしてから辺鄙な飛行場へ。飛行機を待ちながら土地の噂を耳にした。
ノルウェーの最北端はバレンツ海に面するが、白熊に襲われたアメリカ人観光客がいたそうだ。この白熊も、馴鹿同様、放射能に汚染されているらしい。ロシアが核の捨て場にしているノバヤゼムリア島から流出してくる汚染物質が、海流に乗って広がっているのだ。
夕方、小雨降る首都オスロに着く。翌日、フログナー公園へ向かう。ここはグスタフ・ヴィーゲランの彫刻公園である。札幌とも深い関係があり、芸術の森へ行けば数点のヴィーゲランを見ることができる。
有名な高さ一七メートルのモノリッテンは、花崗岩の柱状レリーフだ。生と死、犠牲、愛が折り重なる。一二一体の人体を刻んだこの巨大な巨大彫刻のテーマは人生である。公園全体にも、老若男女の裸体彫刻が集い、歓喜し、あるいは悲哀。あたかも神々の郷のようだ。
ここにTHETREESOFLIFEと呼ばれる人体と組み合わされたブロンズ彫刻が、噴水を飾り、幾つもあるが、茎の伸びきったカリフラワーのような形だ。何を意味するのか。〈生命の木〉の信仰は西アジアにはじまり、起源は乾燥に強い棗椰子(ナツメヤシ)である。ヴィーゲランの〈生命の木〉も、泉とセットになっている。
旧約聖書『創世記』ではエデンの園に善悪を知る〈知恵の木〉とともに〈生命の木〉があった。さらにアダムとイヴを誘惑する蛇が加わる。
北欧神話でも、ウルズの泉の上に〈生命の木〉が聳えているが、これはトネリコである。ご承知のとおり、別名タモノキ、木犀科の落葉高樹である。条件が良ければ高さ一五メートル、幹の直径が六〇センチにもなる。
〈世界樹〉という概念をご存知だろうか。北欧神話の全世界の上に枝を広げる宇宙樹イグドラジルがこのトネリコで、主神オーデンはこの木の上につり下がってルーン文字を学んだ。
〈世界樹〉は世界の秩序と安寧を維持するが、旧約のようにここでも毒蛇が、これを攪乱するのである。
われわれ日本人も思い当たることが多い。たとえ
ば、諏訪神社の御柱祭。あるいは、四本柱に注連縄を張った聖なる空間(例えば土俵)。樹は、実用価値以外にも、人間の精神生活に深く関わっているである。