森林人通信

Vol.65 2010.6.1

ウッディーズへの「応援歌」
  ― 山主さんたち こもごも語る ―

 ウッディーズの仕事に関する社会的評価を耳にする機会はあまりない。そこ
で、山主(施業委託者)さんなどに、森林ボランティアひいてはウッディーズ
に対する期待や注文、里山や森林について考えるところを伺い、以下のメッセ
ージをいただいた。
 ウッディーズの現状や方向性を考える縁(よすが)としたい。

森林防衛運動の発信源たれ

荒巻山林山主・作家 荒巻義雄さん

 「奪われる日本の森」(新潮社)という本に、木材が安すぎて手入れされず放置されている日本の森が、地下水くみ上げの目的(むろん商業用)で外資系ファンドに買収されているという事実が紹介されています。

荒巻山林

 水源涵養の役目を果たしている森林が、将来、無秩序に投資目的で売買されたらどんなことになるか、早急な防衛的制度整備が求められます。ウッディーズが「日本森林防衛運動」の発信源になるといいですね。
 営利ではなく、国土を守る一種の愛国心、とでもいいますか、山主であるわが家の心構えです。
 小生もだんだんのめり込みそうな心境です。
 一句読みました。
 国滅ぶと思っています喜寿の春(旭太郎)

(追伸)
 最近、日本SF作家クラブのホームページ(非会員はアクセス不能)に以下のように書き込みました。
 我が家は森林組合に参加、ささやかながら森林の保全に協力していますが、手入れは「間伐ボランティア札幌ウッディーズ」という組織の皆さんにお願いしています。無料なのです。
 せめても何か協力したいと思い、下記のHPに短いエッセイ「北極圏への旅」を連載しているので覗いてみてください。(URL略)

 

身近な林に寄せた独り言 ~やまのひと礼賛~

苫東環境コモンズ   草苅健さん

 人間の感性は間違いなくマヒする。そのせいで、人は身近な林が「気枯れ地
(ケガレチ)」になっていることを知る術も感じる術もなく、環境はいつの間
にか侵されてしまっていた。

苫東・大島山林

 林の手入れはこれをあくまでも地味に、肉体を酷使しつつ愚直に、そして静かに、美しく快いものに代えてきた。
札幌ウッディーズのような営みは「里の雰囲気の作り直し」だ。
 「林」を、問題をかかえた「家族」とか「地域」、職場や町内を含む「コミュニティ」に置き換えても意味は生きる。
 これだけですでに十二分にライフワークになると保証されたようなもの。それにこの営みはボランタリーな経済とつながり、貨幣の尺度では測れない社会の片隅の経済活動にあたっているから面白い。

 

癒しの「千年の森」へ支援を

田嶋山林「豊滝の里」  田嶋忠義さん

田嶋山林・豊滝の里

 私は豊滝にある所有山林を、子どもや老人・障害者の癒しの「千年の森」とすべく8年間取り組んできましたが、余りに広大で、倒木の処理や密生したカラ松林の間伐に手が回りませんでした。
 昨年、ウッディーズの存在を知り、河崎会長から会の趣旨などを聞かせていただき、間伐などをお願いすることになりました。
 ウッディーズは、素晴らしい人間性と最高の技術を持った多様な人々の集まりだと思います。
 山は広く、今後もまだまだお願いしたいところがあります。末永くご協力をお願いいたします。

 

「じいちゃん、森は引き受けたよ~!」

柴原山林山主  出倉多美子さん

回廊を巡らす

 祖父が丹精して育て、心を遺して逝った森が6年前の8号台風で見るも無惨な状態になり、長いこと途方に暮れていました。
 そこへウッディーズの皆さんが現れて、見る見る森を甦らせてくれました。
 祖父の嬉しそうな顔が見え、「皆さん、ありがとう!」という声が聞こえそうです。
 私も「じいちゃん、森をしっかり受けついでいるよ」と祖父の面影に呼びかけています。
 森を維持・整備することは世代を超えて引き継いでいく息の長い仕事だと分かりました。子どもたちには、先ず森に親しむ経験をさせたいと思っています。
 先日の道づくりも、とても楽しくて♪~何だか自分の人生の道づくりをしているような気分でした。
 ウッディーズの皆さん、今後ともよろしくお願いいたします。

薫風の5月 勇躍して 全ての週末に出動

樹齢60年を生きた… (柴原山林)

 5月の活動場所(参加人数)はつぎのとおり
1日田嶋山林(14)、 8日北山山林(20)、 15日柴原山林(15)、 23日柴原山林(12) 、29日吉村山林(18)。
 若葉を揺らす風が緑の香りを運んできて、この時期の山仕事はいつにも増して心地良い。
 入会以来4回連続参加の大竹さん、「手ノコの感覚が好きなんで…」と径20㎝の木を切っていたその翌週、「ヤッパリ、チェーンソーですね~」と、あっさり変身。それも頼もしい。

北極圏への旅 

~荒巻 義雄氏によるコラム~

第5回【生命の木】

 ナルビクへ戻る。食事をしてから辺鄙な飛行場へ。飛行機を待ちながら土地の噂を耳にした。
 ノルウェーの最北端はバレンツ海に面するが、白熊に襲われたアメリカ人観光客がいたそうだ。この白熊も、馴鹿同様、放射能に汚染されているらしい。ロシアが核の捨て場にしているノバヤゼムリア島から流出してくる汚染物質が、海流に乗って広がっているのだ。
 夕方、小雨降る首都オスロに着く。翌日、フログナー公園へ向かう。ここはグスタフ・ヴィーゲランの彫刻公園である。札幌とも深い関係があり、芸術の森へ行けば数点のヴィーゲランを見ることができる。
 有名な高さ一七メートルのモノリッテンは、花崗岩の柱状レリーフだ。生と死、犠牲、愛が折り重なる。一二一体の人体を刻んだこの巨大な巨大彫刻のテーマは人生である。公園全体にも、老若男女の裸体彫刻が集い、歓喜し、あるいは悲哀。あたかも神々の郷のようだ。
 ここにTHETREESOFLIFEと呼ばれる人体と組み合わされたブロンズ彫刻が、噴水を飾り、幾つもあるが、茎の伸びきったカリフラワーのような形だ。何を意味するのか。〈生命の木〉の信仰は西アジアにはじまり、起源は乾燥に強い棗椰子(ナツメヤシ)である。ヴィーゲランの〈生命の木〉も、泉とセットになっている。
 旧約聖書『創世記』ではエデンの園に善悪を知る〈知恵の木〉とともに〈生命の木〉があった。さらにアダムとイヴを誘惑する蛇が加わる。
 北欧神話でも、ウルズの泉の上に〈生命の木〉が聳えているが、これはトネリコである。ご承知のとおり、別名タモノキ、木犀科の落葉高樹である。条件が良ければ高さ一五メートル、幹の直径が六〇センチにもなる。
 〈世界樹〉という概念をご存知だろうか。北欧神話の全世界の上に枝を広げる宇宙樹イグドラジルがこのトネリコで、主神オーデンはこの木の上につり下がってルーン文字を学んだ。
 〈世界樹〉は世界の秩序と安寧を維持するが、旧約のようにここでも毒蛇が、これを攪乱するのである。
 われわれ日本人も思い当たることが多い。たとえ
ば、諏訪神社の御柱祭。あるいは、四本柱に注連縄を張った聖なる空間(例えば土俵)。樹は、実用価値以外にも、人間の精神生活に深く関わっているである。

(あらまきよしお 作家・荒巻山林 山主)

(コラム「北極圏への旅」のバックナンバーは、「森林人コラム」で読めます)

白旗なあなあ日常 

~苗木 森之助によるコラム~

Vol.6

は誰時から降り始めた雨で仕事が休みに…何気なく「白旗山」をネット検索してみた。札幌市清田区真栄に位置する標高321・5mの山で、山名は屯田兵が測量時に白旗を立てた事に由来、とか。その「白旗山都市環境林」は、市有林。都心から南南東に約16㎞の場所に位置し、面積は約1100ha。厚別川とその支流の山部川に挟まれた南北4㎞、東西3㎞の丘陵地で中央部に白旗山と札幌台(291m)の二峰があり、これが分水嶺になって四方に小峰を走らせている。大正2年に「西山造林地」として道庁から札幌区に払い下げられ造林が開始。昭和60年からは「白旗山都市環境林基本計画」に基づいて森林公園化が始まった。平成20年の「札幌市森林整備計画書」には、「特に、白旗山都市環境
林は、モデル都市林として森林の公益的機能が十分に発揮されるよう、針広混交複層林化及び長伐期施業により、森林の資源量を維持するよう努めます。また、森林とのふれあいの場として、市民の多様なニーズに応えることができるよう、森林の整備を進めます」と、森林施業の推進方策が記されているが、ナンダカなあ…

の春は天候の悪戯で白旗山でも例年にない光景が…林床には蝦夷延胡索、延齢草、深山延齢草、一人静などが慎ましやかに咲き、芽吹いた唐松の萌葱色を背景に北辛夷、蝦夷山桜の花が鮮やかに浮かび上がる。筒鳥や鶯が囀り、薫風が頬を撫でていく。片や、駐車場には山菜採りの車が溢れ、アズキナ、シドケ、タランボ、ウド、タケノコでパンパンに膨らんだリュックとレジ袋が林道を歩き、「山菜は一掴みまで」の幟が「山火事注意」と共に空しくはためいている

週まで唐松の間伐作業を行っていた白旗山山頂の区域。勿論、ロープで囲み立入禁止を表示、通ずる林道にもバリケードと看板で注意喚起していた。にも拘わらず、急斜面に丸太がゴロゴロ散在している危険な状況も意に介さず山菜を採っている。林道出入口には、バイク・自転車進入禁止の表示をしているが、入り込んでは作業車両の通行に構わず林道に自転車を停めている。林道の出入口ゲート附近は駐停車禁止だが、ゲート際まで駐車。狭い市道の三叉路にある「駐停車は遠慮してください」看板の脇にも駐車車輌が何台も…ヤンワリ注意すると「(注意書に)気付かなかった」「(通常とは)違う場所から入って来たから見ていない」「初めて来たから判らない」と曰う。どうやら最低限のルールも守る気はないらしい。昨シーズンの山菜採りによる事故では、全道で115人が遭難しているが、そのうちの1割が死亡・行方不明者。せめて、山菜より大事な命くらいはご自分で守って頂きたいと願う。(つづく)

(コラム「白旗なあなあ日常」のバックナンバーは、「森林人コラム」で読めます)

木霊(こだま) 読者の便り

★ヴァイキングの話は興味深かったです。舟を住居にしていたとは…。中野さんの「木を友に」にはいつも感心させられます。ミズキの写真を撮るのにご苦労されたのですね。「森林人歌壇」、それぞれの人となりが出て面白い。(Abさん)

★「通信」はHP上で拝見できますので、郵送のお心遣いは無用です。こちらでプリントしてレッスン室に置いたり知人友人に渡せますので大丈夫です。ささやかな会費ゆえ切手代を節約して頂きたいと思います。まさしく『チリも積もれば山となる』でしょうから。(Aiさん)

★ウッディーズは、多忙で行動できないが応援団になることで参加できるというところもいい。古くなりましたが、サルトルの参加(アンガージュマン?)でもあるわけ。口コミで「森林人通信」の読者が増えるといいですね。ホームページを見てもらうだけでもすばらしい。(Arさん)

林間独語

▼新会員のSiさんは「病身で活動に参加できないが、会費をいくらかでも会財政の足しにしてもらうことや、HPをチェックして「森林人通信」や「活動の記録」をプリントし周りの人に紹介することで役に立ちたい」と言う。

▼二つのことを考えた。一つは会員であることの意味。ウッディーズの22年度会費納入者は約70名だが、この中には、作業に全く参加されない方がたくさんおられる。その方々が納めた会費には、Siさんと同じような思いが込められているのだろうと忖度(そんたく)する

▼「多忙で行動できないが応援団になることで参加できるというところもいい」という声も寄せられている(「木霊」欄参照)。そう、先ずもって会員であることで参加者たり得る。

▼今ひとつは、周りの人(社会)にウッディーズの活動の姿と意義をアピールすることの大切さについて。一ボランティアグループが手入れできる森林は限りなく小さな「点」に過ぎない。「点」を「面」に拡大し、「森を大切にする社会」の実現を目指すとすれば、普及啓発活動はなおざりにできない課題だろう。