森林人コラム
石原 亘氏によるコラム「人と木のひととき」
第4回 表示問題について考える
昨年、有名ホテルレストランでの食品の『誤表示問題』(というのは企業側の主張であって、どう考えても『偽装表示』なのだが…)が話題となったが、木材業界においては、悪意の有無はともかくとして木材樹種等の『誤表示』は日常茶飯事であり、そもそも木材の“なまえ”自体がややこしい慣習の上に成り立っている。
北海道を代表する樹種・トドマツ
実はトドマツは“マツ属”ではなく“モミ属”である。
ちなみにエゾマツは“トウヒ属”、
カラマツは“カラマツ属”であり、
純粋な“マツ属”の木は道内に自生していない。
例えば、古くから知られる輸入材のひとつである“ベイマツ”を挙げよう。この“ベイマツ”という呼び方はもちろん日本国内でしか通用せず、現地ではダグラスファー(Douglas-fir)と呼ばれている。Firとは英語でモミの意であるから、これを強引に和訳するとダグラスモミということになるのだが、このダグラスファー、実はパイン(マツ属(Pinus)の英名)でもファー(モミ属(Abies)の英名)でもなく、分類学的にはトガサワラ属(Pseudotsuga)であり、そもそも英名自体も適正とは言い難い。和名を与えるときに、“セイヨウトガサワラ”とでも呼べばまだよかったのだが、日本に輸入された時になんとなくマツっぽくみえたのか、“ベイマツ”という呼び名がすっかり定着してしまった。ちなみに、この後に米大陸からやってきた本当の「マツ属」の木材はそのまま“パイン”と訳され、それがそのまま流通名になっている。マッタク、ワケガワカラナイ。
また、針葉樹材においては、物理的特性や材色の似通った複数の樹種をひとまとめにして呼称することが多い。例えば、北海道産のエゾマツとトドマツは“エゾトド”という流通名(市場名)で出回っているし、輸入材ではヘムファー(Hem−Fir、ツガ(ツガ属(Tsuga)の英名)とファーの総称)、SPF(スプルース(トウヒ属(Picea)の英名)、パイン、ファーの総称)、ホワイトウッド(欧州産スプルースのことだが、ファーが混在する場合もある)といった流通名が広く用いられている。このように“樹種群”を単一名称で扱うことは流通面で合理的であるが、物理的性質こそ似ていても耐朽性や薬剤浸透性の差が大きい樹種も含まれているため、問題となることがある。
なお、特に広葉樹材については、複数の“それっぽい”流通名があることが多い。代表的なものを挙げると、“ハルニレ”などは古くより重宝されている“アオダモ”にあやかって“アカダモ”として売られることがあり、外材では比較的廉価な“タイガーウッド”が“アフリカンウォルナット”と呼ばれて流通していることがある。もっとも、古くより世界各国で流通している南洋材などでは、世界各地域で各々現地名があり、そのうち“聞こえのよいもの”を選択して流通名とされることが多い。特に高価な木材の場合は、用途や売先によって木材の“なまえ”はいくらでも変化するのである。それでも、こうした『“なまえ”イジり』はまだマトモなもので、“なまえ”欲しさに材料そのものまでイジる、例えば“セン”にオレンジ色の染料をかけて“ケヤキ”として売ったという話も業界内で聞いたことがある。
以上のように、木材には「和名」「英名」「流通名(市場名)」、そして学術論文に使う「学名」があり、また流通名については複数の呼称が存在することも全く珍しくない。
複雑かつ不適当な呼称のオンパレードによる木材の『表示問題』は端的な例であるが、木材業界にはあえて物事を複雑化させて、その独自性の保護によって産業をやっこら維持させてきたフシがある。しかし、それはおおよそ一般消費者に目を向けたものではない。
林業・林産業の成長には、産業がより人々の生活に歩み寄る必要があると思う。僕は、先に報道された『誤表示問題』は、この業界も“歩み寄る努力”をそろそろ始めなくてはならない、という示唆だと解釈することにした。