自然に潜む危険と向き合う

今内 覚(こんない さとる):北海道大学獣医学研究科准教授

第1回 ヒグマ 〜 過信は禁物

湯気の立つ糞(日高)

 私は獣医師で、動物の感染症の研究に携わっています。研究調査のために牧場をはじめ山やジャングルにも入ります。北海道での調査もあれば、アフリカ等にも赴きます。私は道東の斜里町出身で、小さいころから魚釣りや虫とりで斜里岳の麓によく行きました。クマの足跡や糞、小麦が一面倒れている畑(クマが寝た跡)やクワガタが沢山ついている木に爪で引っ掻いた跡(クマの縄張りの印)を多く目にしてきました。子供の頃に見た三毛別羆事件(開拓時代の北海道苫前で起きた日本史上最悪の獣害事件) を再現した『熊嵐』という映画に戦き、道民としてもクマの恐ろしさと対策は十分理解しているつもりでした。 

破壊されたアリ塚。
この後、恐怖体験が...。(日勝峠)

雪上に残る巨大な足跡(斜里)

捕食されたエゾシカ(知床)

 ある調査で道央の山に入った時のことです。銃免許を持たない私の携帯品は、クマスプレー、熊鈴、ナタと爆竹でした。大声をあげながら進み、山火事に注意しながら100m進むごとに爆竹を破裂させました。入山開始3時間位の山奥でのこと、先頭の私は、倒木につくられた蟻塚が破壊され、右往左往逃げまどう蟻を発見しました。これは数分前に蟻塚が壊されたことを意味するものです。爆竹の効力を信じていた私は、なぜ爆音でクマが逃げていないのだろうと怪訝に思いつつ、その場で爆竹を再度破裂させました。その時です。視界不良の笹薮の中から地を這うような低い唸り声を聞いたのです。姿は見えませんでしたが、その距離はわずか数メートルで明らかに餌を守ろうとする威嚇の声でした。幸い無事下山できましたが、この体験は今でも時々夢に見ます。

 クマ対策は皆さんもご存知の通りです。基本的にはクマの方がヒトを避けて逃げるのがほとんどとされています。しかし、例外も有り過信しないことが大切です。クマは火を恐れないことが実験でわかっています。音についても鈴や声などが有効とされますが、風の強い日は木のざわめきで打ち消され、効果が低く気をつけなければなりません。薄暗い時の行動は避けるべきとされますが山菜採り等での事故は日中に発生しています。クマは執着心が強いとされ残飯や子牛の味を覚えたクマは再び事件を起こしています。奪われた物を取り返すようなことは決してやってはいけないことです。クマがヒトを襲うパターンとして考えられるのは

@ 偶然の遭遇でパニックになる(風上で人間臭に気がつかなかった場合等)

A 餌など守りたいものがあるとき。特に親子グマには気をつけなければなりません(子を守りたい強い気持ちは人間と同じです)

B 経験が浅い若いクマ(ヒトの怖さを知らないクマ)

などです。

 できれば単独で行動しない(クマによる殺傷事故はほとんど単独時に発生) ことや視界が悪い薮こぎ等には十分気をつけることが必要です。
 クマ出没情報は有効ですが北海道全域が生息域です。数年前、斜里町では繁華街に2頭も出没し大騒ぎになりました。
 クマとの共存は理想と思いますが、私がクマ対策を改めて考えることができたのも命あってのことです。さらに注意し来年の調査に挑む予定です。(続く)

 

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