山中林思

(文:東前 寛治)

2 宮沢賢治 『春と修羅』

 森や林はもちろんのこと、田畑を歩き回って創作を続けた文学者に宮沢賢治がいる。詩人であり著名な童話作家でもあるこの天才の全容は、いまだ十分に解明されてはいない。
 森や林で彼は森羅万象に語りかけ、動植物は無論のこと鉱物からも話を聞いた。見るもの聞くものから心に浮かぶすべてが描写の対象であった。
 「途すがら語りつつ詩作しているのが彼の常態である。左手に持った手帳には、歩きながらしばしば鉛筆で書き記す。興が乗ってくれば路傍に腰を降ろして懸命に書き付ける」といったふうであった。 草野心平編著『賢治のうた』(現代教養文庫)

 賢治には『虔十公園林』という童話もあるが、今回は彼の詩から森への思いが伝わるものを見てみよう。

 

松の針 (22・11・27)
 さっきのみぞれをとってきた
 あのきれいな松のえだだよ
おお おまへはまるでとびつくやうに
そのみどりの葉にあつい頬をあてる
そんな植物性の青い針の中に
はげしく頬を刺させることは
むさぼるやうにさへすることは
どんなにみんなをおどろかすことか
そんなにまでおまへは林へ行きたかったのだ
おまへがあんなに熱に燃され
あせやいたみでもだえてゐるとき
わたくしは日のてるところでたのしくはたらいたり
ほかのひとのことを考へながらぶらぶら森をあるいてゐた
 (( ああいい さっぱりした
  まるで林のながさ来たよだ ))
鳥のやうに栗鼠のやうに
おまへは林をしたってゐた
どんなにわたくしがうらやましかったらう
ああけふのうちにとほくへさらうとするいもうとよ
ほんたうにおまへはたったひとりでいけるのか
わたくしにいっしょに行けとたのんでくれ
泣いてわたくしにさう言ってくれ
おまへの頬の けれども
  なんといふけふのうつくしさよ
  わたくしは緑のかやのうへにも
  この新鮮な松のえだをおかう
  いまに雫もおちるだらうし

  そら
  さわやかな
  turpentineの匂もするだらう


『春と修羅』第一集「校本宮沢賢治全集」第2巻  筑摩書房
* turpentine=まつやに

 

 この作品は、賢治の妹トシの臨終に際し「永訣の朝」「無声慟哭」と共に創られた。トシはこの時25歳、賢治文学の良き理解者であり「信仰を一つにするたった一人のみちづれ」でもあった。トシはまたこのように言っている。

「おらあど死んでもいいはんて
 あの林の中さ行くだい
 うごいで熱は高ぐなっても
 あの林の中でだらほんとに死んで もいいはんて」 

『ユリイカ』1970年 vol2‐8
「宮澤トシ その生涯と書簡」青土社

 

 最愛の肉親との別離の悲しみ、多くは言うまい。信念を自らの行動でもってのみ現出しようと、賢治は短い生涯を貫いた。この実践的なかつ行動的な姿勢は、彼の法華経への帰依と共に顕著である。体を動かし自らに刻みつける思考法は、弱きものへの慈顔のまなざしと共に、森を自然を愛する我等もまた学ぶべきではないかと思う。

 

 

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