山中林思

(文:東前 寛治)

10 森に「子どもの村」をつくる(1)

 森林が人間の成長に与える影響について、今回は徳村彰さん、杜紀子さんを紹介する。

 徳村彰さんは1970年頃大病を患い「余名2〜10年」の宣告を受ける。そこで「くだらない一生だった」と後悔することのないよう、横浜市で『ひまわり文庫』を開設して子供達に開放する。ところが子供達は設置者の意図を知ってか知らずか、やりたい放題の利用を繰り返し、プライバシーどころではなくなる。「本好きはいい子だ」という先入観は「ガキ」どもに木っ端微塵に粉砕されたという。

 ところがやがて子ども達が放埓を超え大きく飛躍する姿を見つけた感動から、子供達とのキャンプ生活を通して森に入る。そして九三年から北海道滝上町に移住し、夏・秋の『子どもの村』を始めた。村の運営を支える徳村さんの信念は、「逸脱有理」と「子どもが主人公」で、今では年間二百名ほどの利用者にあふれるという。

 前回紹介した『森の力』で言えば、徳村さんの実践も森の「癒す・育む」作用に該当するのであるが、筆者のつたない仕事の経験からすれば学校教育における森の活用効果について、さしあたり以下の事柄を挙げることができる。

 @学校教育=教室(座学か体育)という拘束からの開放
 A周囲の環境に対する学習意欲の向上、というより能動的な姿勢の催促と顕現化
 B共に行動するというところから協力的態度、共同性の育みが見られるようになる。

 これらは一般的に屋外での体験的な学習でも言えることだが、○年生は○コースというふうに決まった内容よりも、山林など初めての経験を伴うものの方がよほど効果的で、子ども達が喜ぶ。ここで上記のAについて、例を上げて説明をしておこう。E君は校区内の児童養護施設から通学している。普段の授業では活発に反応することは無く、覇気も無いほうである。しかし裏山でカシワの木のこぶを見つけ「おっぱいみたいだ!」と表現したのは、ほかならぬE君である。E君の母はここにはいない。6歳の妹と二人で施設にいる。以来そのカシワは「おっぱいの木」とみんなに呼ばれることになった。続けて「ねずみのしっぽ」(クズの枝)「べそかき岩」等が出てくる。

 筆者の場合、これらの活動を教育課程の「特別活動」に位置づけ、「クラブ活動」として「探検クラブ」を作って行った。週に1コマ45分、限られている。ところが徳村さんの『子どもの村』での仕事は、6haの草刈と笹刈を2ケ月、薪割、水道引き工事、五右衛門風呂造り、トイレの設置、掘立小屋造り、薪小屋造り、かまくら造り(4ケ月)、シイタケ栽培など、杜紀子さんは藍染、草木染、草木織、手作り遊びの準備など、まさに自らの生活のすべてで、子供たちの生活をまるごと受け入れるのである。

 「本物を見て、本物に触れ,生命を見て、生命に触れ、森で日々喜びを積み、幸せを積み、楽しさを重ね、生きているという実感を重ねる」

これが『こどもの村』の目標である。(村での様子については、次号で)

 

 参考図書
 徳村 彰『森に生きる』
 雲母書房 2003年刊行

 

 

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