北極圏への旅

(あらまきよしお  作家・荒巻山林山主)

第3回 ヴァイキングの根拠地

 絶景を満喫した3時間の航海が終わろうとしていた。午後6時をすぎていたが、9月の初めの北極圏は明るい。
 前方に防波堤のような大きな岩礁が横たわっていたので、目的地が近づいたとは気付かなかった。ヴァイキングにしてみれば、絶好の隠れ家である。高速フェリーは速度を落とし、岩礁の端を回り込んだ。静かな海面の向こうに家並みと倉庫が見えてきた。
 ようやくスヴォルヴェルに着く。間近に迫る岩山、広くはない平地に町がある。私には忍路や積丹の漁村のように思えた。
 桟橋に迎えに出ていたのは日本人の女性だった。荷物を車で運んでもらい、ホテルまで歩く。会話がなめらかになるまで、彼女の日本語はしばらくかかった。私たちが半年ぶりで会う同胞だったのである。半径500キロメートル以内に住んでいる日本人が彼女一人と教えられ、大和撫子は凄いと思った。まさに、スヴォルヴェルは世界の果ての町の一つなのだから。
 ノルウェー人のご主人は、自宅でコンピュータ関係の仕事をしているらしい。やりとりが電波だがら、どこに住んでいようと関係ないのだ。ユビキタス社会だからこそ可能なライフスタイルである。
 夕食前に、発掘中のヴァイキングの遺跡をみせてもらった。ゲャキシグスというらしいが、耕地はほとんどなく、100人ぐらいの村落だったようだ。彼らは小柄な馬を飼い、遠征にも連れて行ったが、魚が餌。肉食の馬がいたわけである。
 小さな入江がある。ここから、彼らは船出した。少し行けばノルウェー海である。荒海を越えて西へ進めばアイスランドだ。さらに西へ航海してグリーンランドにも、一説では北米大陸にも到達していたという。
 ヴァイキングが正式に世界史に登場するのは西暦793年である。このとき、彼らはスコットランド東南海岸にあるリンディスファーン島の教会を襲撃、略奪した。ために野蛮な連中と恐れられたが、むしろ彼らは交易商人であって、法律も持っていた。彼らの海外遠征は人口過剰のためで あった。
 行動範囲は驚くほど広い。バルト海はむろん、陸路でキエフへ達し、黒海、エーゲ海へ。ジブラルタル海峡経由で地中海へ。カスピ海を南下してバグダットへ。アラフ海からサマルカンドへ。彼らはヨーロッパには多い河川を巧みに利用したようである。(つづく)

 

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