人と木のひととき

(文・いしはら わたる)

第1回 3匹のこぶた

 大学院を中退して、日本を代表する斜陽産業のひとつである木材業界に身を投じて早くも丸一年経ってしまった。体力を持て余しながら、活動には出ないユーレー会員のせめてもの罪滅ぼしに、僕が業界に出て肌で感じたことを、何回かにわたり伝えたいと思う。
 さて、僕が小さい頃に好きだった童話のひとつに、「3匹のこぶた」がある。訳者や出版社によってストーリーに細かな差異はあるものの、コブタの3兄弟がそれぞれ「ワラ」と「木材」と「レンガ」で家を建てるという粗筋で、当時僕が読んでいた絵本を再見すると、汗をかきながら(そして、下請け業者にも丸投げせず)懸命にシビアな「建設業」に従事するひたむきなコブタの姿があって、なんとも微笑ましいものである。
 このオハナシの顛末は、ご存じの通り、なぜか突発的に発生した嵐(山から下りてきたオオカミが家を吹き飛ばすバーションもあるけれど…)で「ワラ」と「木材」で作った家はアッケなく倒壊、「レンガ」の家とそこに住む末っ子のコブタが生き残る、といった感じである。

道内に急増する大型木造建築物。とある道の駅の建設現場。

 ここで釈然としないのは、我らが「木材」で作った家、いわば「木造」が「レンガ造」に大敗を喫するところである。もちろん、旧道庁や東京駅に代表されるレンガ造の建築物には独特の重厚感と美しさがあるのだが、現実世界を見回してみると、レンガ造が新たに建築されることなど殆どない。どころか、現在まで残るレンガ造の建物は稀で、せいぜい田舎に残るサイロがノスタルジーを演出している程度である。一方の木造は、国の木造化推進政策(いわゆる「木進法」)も手伝って、昨今では道内にも大型の木造建築が、後継技術者や職人の不足をよそにかなりのハイペースで建てられている。
 僕がここで言いたいのは、木造がレンガ造より優れている、ということではない。この童話が書かれた当時は最先端に思われていたレンガ造が駆逐され、前時代的とみられていた木造が今ではチヤホヤされている。また余談ではあるが、長男のコブタが建材に用いたワラは、現在ではバイオエタノールの原料としてひそかに注目もされている。…すなわち、こうした材料は、イノベーションと並行して、流行ったり廃れたりを繰り返していくのである。
 問題は、生きている木の成長が、そうした社会の変遷とは全く無関係に進んでいくということである。例えばこの先、鉄鋼やコンクリートの値段が何らかの原因で暴落したら、木造の需要は落ち込むだろうし、その反対だって充分に考えられる。それでも、「今は売先がないから、ちょっと成長せずに待ってくれ」とか、「今は木造が流行りだから、さっさと成長して伐らせてくれ」などと木に訴えてもそれは無駄なことである。
 もっとも、長期的な視点が必要となる森林の施業に、そうした短期的な木材需給の考慮を求めるのは酷なオハナシでもあるが、結論すると、森林施業のサイクルと需要先である木造建築の需給バランスの不一致が、技術者不足を含め今日の業界の諸問題の根っこにあるように思う。(つづく)

 

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